溝鼠-226朱美の顔が [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]

「でもさ、諏訪さんって、世の中に沢山いるしょ。あの諏訪さんとは限らないっしょ」
諏訪という名前を聞くたびに勝子は、朱美の顔が目に浮かんだ。
「ねえ、その朱美さんに子供がいたの・・・」
道子が、そういいながら勝子を左の肘で押しのけ右の腕でを伸ばして光子の腕を揺すった。
勝子が二人の間に挟まり大きな体を小さくしている。
光子が勝子の顔を見ながら
「お母さん、知ってたでしょ。朱美さに子供がいたこと・・・」
「しらないよ。誰の子さ」
あの時、慰謝料を払って子供は、おろすことにした筈だ。道男の子供である筈がない。
「お父さんの子」
その言葉を聞きたくなかった。光子の言葉が勝子の胸にぐさりと刺さった。
「おろしたんじゃないの」
そういうのが精一杯だった。
「産んだんだって」
光子が、事も無げにいった。
「へー、それじゃ、お父さんの子供なんだ・・・」
道子が突拍子もない声を上げた。
タクシーがブレーキを掛けたのか3人が、少し前のめりになった。
「そのこと、あんたは知ってたの」
勝子が、フロントガラスから見える景色に目を遣ったままだ。
「相当前だよ。私が20歳ころかな。邦子さんがそう言ってたのを聞いたことあるの」
「姉さんだけが知ってたんだ」
道子が、ぼそりといった。
「二人とも知らなかったんだ。お父さん、何も言ってなかった」
「お父さんは、そのこと知ってるの」
勝子が光子の顔を見ながらいった。
「どうだろうか・・・」
光子が時々外の景色に目を遣っている。
「あんた、そのこと、お父さんにいわなかったの」
「いう訳ないじゃない。そんな余計なこと」
勝子は、普段の道男を見ていて、恐らく知らなかっただろうと思った。
「もし、お父さんの子なら、私たちと兄弟になるんだ」
そういって、光子が首を傾げた。
道子が、呆然自失でいる。
「ゴホン」とタクシーの運転手が咳払いをした。
「お父さん、どんな顔してる・・・」
光子が勝子に訊いた。
「まだ知らないしょ」
「でもさ、他人のそら似ってあるから、未だ分からないよ」
光子がいった。
車は、順調に走り病院へ到着した。

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