溝鼠ー227荒れるね [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]

二階でエレベーターを降りてナースステーションに寄ると、道男がリハビリに出かけていた。3人は、病室に入らず待合室で待つことにした。
外は先ほどより雨脚が強まったようだ。それに、時々、強く吹く風が、窓ガラスに雨を打ち付けている。
「この天気じゃ。今日一日、荒れるね」
光子が、窓から見える殻沼山を見ながらいった。標高600メートルほどの山で昔から霊山として知られている。中腹に寺院があり、格好の登山コースとしても知られている。
光子が目を細め感慨深そうな顔をしてじっと山の頂を見詰めている。若い頃、何度も、夫の康夫と一緒に登った山である。
「殻沼山には、今でも登っている人が居るんだろうね」
「6月の中旬になると山開きがあるしょ。その時期になると、全国から沢山の人が集まるらしいよ」
道子が、窓際に来て光子にいった。
「変わっただろうね。あれから40年近くになるから」
「ロープウエイーができたの知ってる」
「そうなの、私たちの頃は、道幅も狭く山に登るのが大変だったのにね。出来たんだ」
光子が山を見ながら、今にも、雨で掻き消されそうな山の頂に目を遣っている。
二人は無言で殻沼山の景色を眺めていた。
暫くして、光子が振り返り、思い出したかのか
「そういえば、婆ちゃん、どうしてるの」
と勝子に訊いた。
「どうって、特養に入ってるよ」
「元気なの」
「まあ、まあじゃないのかい」
「誰か行ってるの」
「お父さんが、今まで、月に1回は、婆ちゃんと所へ行ってたけど、こうなったら、もう、なかなか行けないしょ」
「あんた、折角来たんだから、会って帰ったら」
道子が、いった。
「分かるの・・・」
「分かるっしょ。孫だもの」
「時間があったらね」
道男が、エレベータから車いすに乗って下りて来る姿が道子の目に入った。
「戻って来たよ」
道子が、二人を奮起させるような声で力を込めていった。
勝子が、テーブルに手を突き椅子から立ち上がりながら、先ほど車の中で光子がいった言葉を思い出した。
(お父さんの子)
(本当だったらどうしようか。いや、そんな馬鹿なことあるわけない)
勝子は、そうゆう思いを否定しながら椅子から立ち上がった。

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溝鼠-226朱美の顔が [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]

「でもさ、諏訪さんって、世の中に沢山いるしょ。あの諏訪さんとは限らないっしょ」
諏訪という名前を聞くたびに勝子は、朱美の顔が目に浮かんだ。
「ねえ、その朱美さんに子供がいたの・・・」
道子が、そういいながら勝子を左の肘で押しのけ右の腕でを伸ばして光子の腕を揺すった。
勝子が二人の間に挟まり大きな体を小さくしている。
光子が勝子の顔を見ながら
「お母さん、知ってたでしょ。朱美さに子供がいたこと・・・」
「しらないよ。誰の子さ」
あの時、慰謝料を払って子供は、おろすことにした筈だ。道男の子供である筈がない。
「お父さんの子」
その言葉を聞きたくなかった。光子の言葉が勝子の胸にぐさりと刺さった。
「おろしたんじゃないの」
そういうのが精一杯だった。
「産んだんだって」
光子が、事も無げにいった。
「へー、それじゃ、お父さんの子供なんだ・・・」
道子が突拍子もない声を上げた。
タクシーがブレーキを掛けたのか3人が、少し前のめりになった。
「そのこと、あんたは知ってたの」
勝子が、フロントガラスから見える景色に目を遣ったままだ。
「相当前だよ。私が20歳ころかな。邦子さんがそう言ってたのを聞いたことあるの」
「姉さんだけが知ってたんだ」
道子が、ぼそりといった。
「二人とも知らなかったんだ。お父さん、何も言ってなかった」
「お父さんは、そのこと知ってるの」
勝子が光子の顔を見ながらいった。
「どうだろうか・・・」
光子が時々外の景色に目を遣っている。
「あんた、そのこと、お父さんにいわなかったの」
「いう訳ないじゃない。そんな余計なこと」
勝子は、普段の道男を見ていて、恐らく知らなかっただろうと思った。
「もし、お父さんの子なら、私たちと兄弟になるんだ」
そういって、光子が首を傾げた。
道子が、呆然自失でいる。
「ゴホン」とタクシーの運転手が咳払いをした。
「お父さん、どんな顔してる・・・」
光子が勝子に訊いた。
「まだ知らないしょ」
「でもさ、他人のそら似ってあるから、未だ分からないよ」
光子がいった。
車は、順調に走り病院へ到着した。

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溝鼠ー225記憶を呼び戻して [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]

「まさか・・・」
光子が、口をへの字に曲げ信じられないといった様子だ。
「本当なの。信じて。お父さんにそっくりなの。私も驚いちゃった」
道子が真剣な眼差しで光子に話しかけている。
光子が疑うような目で勝子の顔を覗き込んだ。
勝子が、道子の顔をチラリとみて光子を見た。
「お母さんまで道子に感化されちゃって・・・」
光子が、笑いを押したような声でいった。
「本当なの。似てるよ・・・。会ったらビックリするよ」
光子が、それでも未だ信じられないといった様子だ。
サイドウインドから外を見ると、空が黒い雲に覆われ今にも雨が降ってきたようだ。
赤信号で止まっていた車が動きだした。雨が降って来た。往来している人々が駆け出した。
道子が天気予報が当たったと思った。サイドウインドが雨でぬれ始めた。
「ああ、降って来たね」光子がいった。
雨は、瞬く間に土砂降りになった。
車内は、一瞬静まり返った。少しの沈黙の後、道子が光子に訊いた。
「姉さん、諏訪さんって知らない」
外を眺めていた光子が道子の方を見ながら
「諏訪さんって・・・、もしかしら、あの諏訪さんのこと」
光子の顔をじっと見詰めていた勝子が、
「そう、あの諏訪さん」といった。
「知ってるの・・・」道子が身を乗り出した。
「知ってるったって、直接は知らないけどさ。あの人の妹は、知ってるよ」
「妹さんを知ってるの」
道子の目の色が変わった。
「うん、邦子さんね。高校時代の先輩なの」
「道信さん知ってる・・・」
タクシーの後部座席に3人だ。道子が右端に小さくなって座っている。
勝子も光子も体は、ビール樽並みだ。
「道信さん・・・知らない。その人がどうしたの」
光子が訊き返した。
「主治医の名前が諏訪道信っていうの」
道子がいった。
光子が首を傾げながら
「姉妹は、確か朱美さんと邦子さんの二人だけなはずだよ」
「男はいないの・・・」
「いないと思う・・・」
道子は、心の中で、光子に諏訪道信についての記憶を呼び戻して欲しいと願った。
「あっ、もしかしたら、朱美さんの子供だろうか」
光子がいった。


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溝鼠ー224 まるで合わせ鏡のよう [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]

勝子が寝室にへ入って行くのを見て光子がその後を追った。
それから間もなくして、ギシギシと何か擦れる音が聞こえた。恐らくタンスの抽斗の音だろう。道子がその音を聞きながら居間でテレビを観ていた。
暫くしてから二人が部屋から出てきた。光子の上下着ているものが変わっていた。
「全部変えちゃったの。どう」
勝子が普段着ているカーキ色のセーターと紺のジーパンを履いている。
「少し太めだけどね。いいでしょ」
光子がくるりと回って見せた。
道子がその姿を見て
「体形が同じだから、後ろ姿なんか、お母さん、そっくり。間違いそう」
光子があまりにも勝子に似ているので道子は苦笑いをした。
「親に似ぬ子は鬼子っていうでしょ」
そういって、光子があんただってそうだといった目つきで道子を見た。
道子は、どちらかというと少し細めで、四人姉妹の中で一番道男に似ている。佳代子は、勝子の若い頃にそっくりである。
「まるで合わせ鏡のよう」
道子がいたく感心したような顔で小さく頷いた。
光子が左手に汗でよれよれになった下着をぶら下げている。
「それ、洗濯機の中へ入れといて」
勝子にいわれて光子が風呂場へ行った。
風呂場の近くに古めかしい洗濯機が置いてあった。その洗濯機の蓋を開け下着をその中へ放り込んだ。
「随分、年代ものの洗濯機を使ってるね」
この洗濯機は、確か光子が成人式の時に買った物だ。それを未だに使っている。
「まだ、動くもんだからさ、それで使ってるの」
「物持ちがいいんだ」
「それよりも、早く病院へ行かなきゃ。お父さん首を長くして待ってるじゃない」
ベランダから外を眺めていた道子が振り向き様に二人にいった。
三人は、そそくさと身支度を整え外へ出て国道まで歩き車を拾って病院へ向かった。
車の中で道子がいった。
「そうそう、主治医がね。お父さんの声にそっくりなの。驚いちゃった」
「声ぐらい似た人、世の中に沢山いるだろうさ」
「それだけじゃないの。背格好も後ろ姿もそっくりなの」
光子がニヤニヤ笑いながら、そんな馬鹿な事があるわけないといった顔をしている。
「これから、その先生に会えるよ。きっと驚くから」
「お母さん、そうなの」
勝子が、首を大きく縦に振った。

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