現代小説ー灯篭花(ほおずき) ブログトップ
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溝鼠ー240何故かセピア色に [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]

病院を出て右に行くとタクシー乗り場があった。そこから車に乗った。
帰りの車のなかでも二人の会話は、ほとんどなかった。
車内が少し寒かった。日増しに寒さが身に染みるようになった。
定男は、コートの襟を立て両腕で確りと自分の体を抱きしめた。幾らか温かい。
車内のラジオで十勝岳に初冠雪が観測されたと報道している。
雪が降る時期だ。実に一年が経過するのが早い。
定男は、大きな溜息をついた。
定男は、なぜか寂しくて悲しかった。
(親父が言ったじゃないか、3人兄妹だ。喧嘩をするなと。仲良くすれと)
俺は、その言葉を守ってきた。だが、道男は、その言葉を守らなかった。久仁子も可哀相に、実家の仏壇に手を合わせることもなく帰っていった。彼奴の欲のためにだ。
ふと思った。もしかしたらモトも犠牲者なのかも知れないと。
中ったと聞いた時、溜飲が下がる思いであった。だが、反面、可哀相な奴だとの気持ちのほうが強かった。
人生って分からないものだ。最後は、あの有り様。自分の私利私欲のために色々と策を講じ、最後に頓挫した。
何のために争ったのか。
車窓から見える街並みが、夕日に映え、何故かセピア色に染まっていた。
定男は、その街並みをぼうっと眺めていた。

終わります。
長いことお付き合い頂き有難うございました。
次回作もよろしくお願い申し上げます。

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溝鼠ー238笑顔が消えた [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]

諏訪が部屋から出て行った。
少しして先ほどの看護師が戻ってきた。
「部屋の用意ができましたので、どうぞ、あちらへ」
廊下に出て右に曲がり、そのまま真っ直ぐ行って、突き当たった左側に、その部屋があった。
六畳ほどの部屋だが、古い蛍光灯が一本ついていた。その蛍光灯が古いせいか部屋の中が仄暗かった。二人が待っていると諏訪が現れた。
「いや、どうも・・・」
諏訪が椅子に腰を下ろした。
「先生は、弟が、こちらへ、運ばれたとき、すぐに分かりましたか」
諏訪が笑いながら
「いや、最初は、気が付きませんでした、カルテを見て気が付きました」、
「親子ですものね」
杏子が横からいった。
諏訪の顔から笑顔が消えた。ぷいと顔を横に向け、机の上の書類を一瞥した後、斜めになっていた書類らしきものを立て直した。
「親子といっても、私は父親の顔を知らないですから。赤ん坊で」
諏訪の態度は、すぐに先ほどの態度に戻り笑顔になった。
「親子の名乗りは・・・」
「していません。私は、諏訪家のものですから」
そっけなかった。
「そうですか、弟の家内は、知っているのでしょうか」
「さあ~、わかりません」
「何も言っていませんでしたか」
「特に何も・・・」
「知らないのかな・・・」
定男が杏子のほうを見ていった。

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どぶねずみ [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]

諏訪が部屋から出て行った。
少しして先ほどの看護師が戻ってきた。
「部屋の用意ができましたので、どうぞ、あちらへ」
廊下に出て右に曲がり、そのまま真っ直ぐ行って、突き当たった左側に、その部屋があった。
六畳ほどの部屋だが、古い蛍光灯が一本ついていた。その蛍光灯が古いせいか部屋の中が仄暗かった。二人が待っていると諏訪が現れた。
「いや、どうも・・・」
諏訪が椅子に腰を下ろした。
「先生は、弟が、こちらへ、運ばれたとき、すぐに分かりましたか」
諏訪が笑いながら
「いや、最初は、気が付きませんでした、カルテを見て気が付きました」、
「親子ですものね」
杏子が横からいった。
諏訪の顔から笑顔が消えた。ぷいと顔を横に向け、机の上の書類を一瞥した後、斜めになっていた書類らしきものを立て直した。
「親子といっても、私は父親の顔を知らないですから。赤ん坊で」
諏訪の態度は、すぐに先ほどの態度に戻り笑顔になった。
「親子の名乗りは・・・」
「していません。私は、諏訪家のものですから」
そっけなかった。
「そうですか、弟の家内は、知っているのでしょうか」
「さあ~、わかりません」
「何も言っていませんでしたか」
「特に何も・・・」
「知らないのかな・・・」
定男が杏子のほうを見ていった。

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溝鼠ー237亡くなりました [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]

定男と杏子が、軽く頭を下げると医者もぺこんと頭を下げた。
看護師が
「ご親族の方ですか」と訊いた。
「はい」と杏子が答えた。
医者が、道男の右腕を少し持ち上げ、次に左の腕をもち上げた。
「小林さん、痛みますか」
道男が首を微かに横に動かした。
医者が頷いた。
看護師が、道男のはだけた胸元を直している。
杏子が訊いた。
「あの~、誠に失礼ですが、先生のお母様は、もしかしたら朱美さんとおっしゃいませんか」
諏訪が振り返った。
「そうです」
諏訪は、驚いた様子がなく平然としていた。
定男が微笑みながら
「やっぱりそうですか。道男の兄の定男と申します。プレートを見ましたら、先生のお名前に見覚えがありましたで・・・」
「知っています。光子さんから聞いております」
「そうですか、光子を以前からご存じで・・・」
「ええ、叔母からよく、話は聞いておりました」
「叔母というと・・・」
「母の妹の邦子です」
「ああ、そうでしたか、それでお母さんは、ご健在で・・・」
「亡くなりました。私の小さい頃に・・・」
「亡くなった・・・そうですか・・・」
「ここでは、なんですから、相談室で話しましょうか・・・」
看護師が、
「私がご案内します」
と言って部屋を出て行った。

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溝鼠-236一人の医者が [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]

「勝子さん、来るだろうか」
定男が首を傾げた。
「いつも何時ごろ来るのか、詰め所に行って訊いてこようか」
「まあ、そのうち来るだろう・・・」
ベッドサイドチエストの上には、携帯ラジオ、ストローに紙コップ、ボックステッシュ、綿棒の入った箱が置いてある。
部屋の中は、シーと静まり返っている。時々、遠くのほうから、女性の笑い声が聴こえる。
同部屋の患者が、ベッドに入り眠っている。ただ、窓際の患者が、一人だけ目を開けて、窓から見える空の雲をじっと眺めている。
定男が、ベッドプレートに目をやった。
(諏訪道一)
どこかで聞いたことのある名前だ。
定男が、杏子の顔をみた。それに気が付いた杏子が、どうしたのという顔で定男をみた。
定男の頭に諏訪道一という文字が残っていた。
「この名前、知らないか・・・」
「諏訪道一・・・」
杏子が声に出していった。
定男が頷いた。
「この名前に記憶があるんだ・・・」
杏子がじっとプレートを見ていたが
「そういえば、光子さんから聞いたことがある」
「誰だった・・・諏訪って」
杏子が、道男に目をくれた。そして顎を微かに杓った。
定男が、杏子の視線を追った。
道男は、目を瞑っている。
「ああ~、あの諏訪か・・・」声にならない声だった。
それから大きく頷いた。
定男が、じっとベッドプレートを見ながら

「しかし、あの諏訪だろうか・・・」
「でも名前も苗字も同じよ」
「同姓同名で、別人かな・・・」
杏子が首を傾げた。
「勝子さんなら知っているんじゃない」
「そうだろうな・・・」
そこへ看護師と一緒に一人の医者が入ってきた。

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溝鼠-235泣くなよ [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]

バスで行こうと思ったが、どうも億劫だ。それでタクシーにした。
車に乗ってからも、どうも気が乗らない。行きたくないとの気持で一杯だった。だが、一度は顔を出さなければならない。嫌々ながらの見舞いである。
後部座席に座り、腰を低く沈め、ただ、ぼーっとしながら空を見上げたり人の往来に目を遣っていた。
ふと思った。自分は、糖尿だ、心臓だ、腎臓だといろいろな病気を抱え、何とかこの齢まで生き永らえてきた。
それに引き換え、彼奴は、若い頃から病気一つせず元気に過ごしてきた。
あの元気な彼奴が一気に倒れた。彼奴も人間だと思った。
そんなことを考えているうちに車は、H医科大学病院へ到着した。
病室には勝子がいるものと思ったが、いなかった。
道男がベッドで眠っていた。顔が少し小さくなったように思えた。
声を掛けると目を開けた。虚ろな目でじっと定男の顔を見ている。
「大丈夫か、元気出せよ」
定男が、そう声を掛けると、突然、道男が、喉の奥から唸るような声を出し、みるみるうちに両目に涙を浮かべ、その涙が左の目頭から流れ落ちた。
「きっと、よくなる。頑張れよ」
道男がじっと天井を凝視している。
定男が道男の目頭をテッシュでそっと拭った。
「泣くなよ・・・」
定男の声が少し震えた。
道男の後ろに立っていた杏子が、道男の傍らから身を乗り出し、そして少し前屈みになりながら
「道男さん、大丈夫。元気になるわよ。リハビリー頑張ってね」
そういうと道男が、微かに顎を引いた。
定男と杏子が目を合わせ、杏子が定男に微笑んだ。
定男は、ただ、じっと道男の顔を見ている。

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溝鼠-235泣くなよ [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]

バスで行こうと思ったが、どうも億劫だ。それでタクシーにした。
車に乗ってからも、どうも気が乗らない。行きたくないとの気持で一杯だった。だが、一度は顔を出さなければならない。嫌々ながらの見舞いである。
後部座席に座り、腰を低く沈め、ただ、ぼーっとしながら空を見上げたり人の往来に目を遣っていた。
ふと思った。自分は、糖尿だ、心臓だ、腎臓だといろいろな病気を抱え、何とかこの齢まで生き永らえてきた。
それに引き換え、彼奴は、若い頃から病気一つせず元気に過ごしてきた。
あの元気な彼奴が一気に倒れた。彼奴も人間だと思った。
そんなことを考えているうちに車は、H医科大学病院へ到着した。
病室には勝子がいるものと思ったが、いなかった。
道男がベッドで眠っていた。顔が少し小さくなったように思えた。
声を掛けると目を開けた。虚ろな目でじっと定男の顔を見ている。
「大丈夫か、元気出せよ」
定男が、そう声を掛けると、突然、道男が、喉の奥から唸るような声を出し、みるみるうちに両目に涙を浮かべ、その涙が左の目頭から流れ落ちた。
「きっと、よくなる。頑張れよ」
道男がじっと天井を凝視している。
定男が道男の目頭をテッシュでそっと拭った。
「泣くなよ・・・」
定男の声が少し震えた。
道男の後ろに立っていた杏子が、道男の傍らから身を乗り出し、そして少し前屈みになりながら
「道男さん、大丈夫。元気になるわよ。リハビリー頑張ってね」
そういうと道男が、微かに顎を引いた。
定男と杏子が目を合わせ、杏子が定男に微笑んだ。
定男は、ただ、じっと道男の顔を見ている。

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溝鼠-235泣くなよ [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]

バスで行こうと思ったが、どうも億劫だ。それでタクシーにした。
車に乗ってからも、どうも気が乗らない。行きたくないとの気持で一杯だった。だが、一度は顔を出さなければならない。嫌々ながらの見舞いである。
後部座席に座り、腰を低く沈め、ただ、ぼーっとしながら空を見上げたり人の往来に目を遣っていた。
ふと思った。自分は、糖尿だ、心臓だ、腎臓だといろいろな病気を抱え、何とかこの齢まで生き永らえてきた。
それに引き換え、彼奴は、若い頃から病気一つせず元気に過ごしてきた。
あの元気な彼奴が一気に倒れた。彼奴も人間だと思った。
そんなことを考えているうちに車は、H医科大学病院へ到着した。
病室には勝子がいるものと思ったが、いなかった。
道男がベッドで眠っていた。顔が少し小さくなったように思えた。
声を掛けると目を開けた。虚ろな目でじっと定男の顔を見ている。
「大丈夫か、元気出せよ」
定男が、そう声を掛けると、突然、道男が、喉の奥から唸るような声を出し、みるみるうちに両目に涙を浮かべ、その涙が左の目頭から流れ落ちた。
「きっと、よくなる。頑張れよ」
道男がじっと天井を凝視している。
定男が道男の目頭をテッシュでそっと拭った。
「泣くなよ・・・」
定男の声が少し震えた。
道男の後ろに立っていた杏子が、道男の傍らから身を乗り出し、そして少し前屈みになりながら
「道男さん、大丈夫。元気になるわよ。リハビリー頑張ってね」
そういうと道男が、微かに顎を引いた。
定男と杏子が目を合わせ、杏子が定男に微笑んだ。
定男は、ただ、じっと道男の顔を見ていた。

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溝鼠ー234 面倒は自分が看る [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]

定男が、道男のことを知ったのは、相当経ってからだった。
いつもの通り、モトを見舞って家に帰って来ると玄関で杏子がいった。
「道男さんが、脳卒中で入院したんだって。さっき、勝子さんから電話があったわよ」
定男は、何も言わずに居間に入り、着ていたジャンパーをハンガーに掛け、それを鴨居に引っ掛けた。それからソフアーに腰を下ろした。
「いつ倒れたんだ・・・」
「先月だって」
「容態はどうなんだ」
「特に言ってなかったわよ」
定男が苦虫を噛みつぶしたような表情をした。
「訊けばよかったね」
杏子が申し訳なそうな顔をした。
「どうしようか・・・」
「どうしようかって・・・」
「見舞に行かなければならないわね」
定男が少し考えてから
「話せるのかな・・・」
「そこまで、勝子さんは、言わなかったし、こっちも訊かなかったわよ」
定男は、出された茶を啜りながら、肩にずっしりと重たい何かが、圧し掛かったように思えた。
杏子には聴こえなかっただろうが、定男が、ふーと息を吐いた。それから、自分に問いかけるかのようにいった。
「行くなら、いつ頃がいいかな・・・」
「早めのほうが、いいじゃない」
「そしたら、明日か・・・」
ため息とも取れるような言い方だった。
定男は行くのが億劫だった。しかし、一度は顔を出さなければならない。先延ばしにしたらなおさら億劫になる。気持ちが変わらないうちに出掛けることだと思った。
定男は、しばしの間考えていた。実際、疲れていた。一日おきのモトへの見舞いは、年齢、体力からして辛い。
重い足を引き摺りながらの老健への通いである。
幾つになっても、親がいる以上誰もが避けて通れないことだと分かっているが・・・辛い。

モトの顔が脳裏に浮かんだ。モトの病状を聞いた時、面倒は自分が看ると決めた。しかし、老健通いが、こんなにも辛いことだと思わなかった。
翌日、二人は、道男の入院している病院へ出掛けた。

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溝鼠ー233少しさびしい [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]

「今度は、いつ会えるんだろうかね」
勝子が道男の顔を見ながらいった。
「来年の春に、こっちへ戻るかもしれないよ」
夫の康夫が地方へ出たのは、36歳の時である。それから道内の支店を転々と歩きと既に21年が経っていた。
「そろそろ、康夫さんも定年だろさ」
「そう。早いもんだね。地方歩きで終わるかと思ったら、本社へ戻されるようなの」
「よかったじゃない。そうなったら嬉しいね」
勝子が光子の顔見ながら微笑んだ。
「そうなったら、私も安心だわ」
道子が勝子の傍でいった。
「こっちへ戻ったからって、そうそう、お父さんの面倒は看れないよ。。たまには
来てみるけどさ」
「でも、あんたが近くにいるだけで何となく心強いよ」
勝子がいった。「
そう頼られても困るよ。私たちだって年なんだから」
「わかっているけどさ、なんとなく安心なんだよ」
道子は、勝子が自分より姉の光子を頼りにしているのかと思うと少しさびしい気持ちになった。
道子は、夫と二人で豆腐屋を営んでいる。定年退職などない。自由業である。何も保証がない。体を壊すと明日にも生活は、できなくなる。
そんなことを考えると自分のほうが、早く帰らなければと道子は思った。
「私も明日、帰るわ。家では、お父さん一人で朝の早くから起きて仕事をしているから。兎に角、命に別状なかったし、よかったしょ」
道子がいった。
道子は、諏訪道一のことなど忘れてしまった。早く峰下町の「すず屋」へ戻りたかった。
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