溝鼠-236一人の医者が [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]
「勝子さん、来るだろうか」
定男が首を傾げた。
「いつも何時ごろ来るのか、詰め所に行って訊いてこようか」
「まあ、そのうち来るだろう・・・」
ベッドサイドチエストの上には、携帯ラジオ、ストローに紙コップ、ボックステッシュ、綿棒の入った箱が置いてある。
部屋の中は、シーと静まり返っている。時々、遠くのほうから、女性の笑い声が聴こえる。
同部屋の患者が、ベッドに入り眠っている。ただ、窓際の患者が、一人だけ目を開けて、窓から見える空の雲をじっと眺めている。
定男が、ベッドプレートに目をやった。
(諏訪道一)
どこかで聞いたことのある名前だ。
定男が、杏子の顔をみた。それに気が付いた杏子が、どうしたのという顔で定男をみた。
定男の頭に諏訪道一という文字が残っていた。
「この名前、知らないか・・・」
「諏訪道一・・・」
杏子が声に出していった。
定男が頷いた。
「この名前に記憶があるんだ・・・」
杏子がじっとプレートを見ていたが
「そういえば、光子さんから聞いたことがある」
「誰だった・・・諏訪って」
杏子が、道男に目をくれた。そして顎を微かに杓った。
定男が、杏子の視線を追った。
道男は、目を瞑っている。
「ああ~、あの諏訪か・・・」声にならない声だった。
それから大きく頷いた。
定男が、じっとベッドプレートを見ながら
「しかし、あの諏訪だろうか・・・」
「でも名前も苗字も同じよ」
「同姓同名で、別人かな・・・」
杏子が首を傾げた。
「勝子さんなら知っているんじゃない」
「そうだろうな・・・」
そこへ看護師と一緒に一人の医者が入ってきた。
定男が首を傾げた。
「いつも何時ごろ来るのか、詰め所に行って訊いてこようか」
「まあ、そのうち来るだろう・・・」
ベッドサイドチエストの上には、携帯ラジオ、ストローに紙コップ、ボックステッシュ、綿棒の入った箱が置いてある。
部屋の中は、シーと静まり返っている。時々、遠くのほうから、女性の笑い声が聴こえる。
同部屋の患者が、ベッドに入り眠っている。ただ、窓際の患者が、一人だけ目を開けて、窓から見える空の雲をじっと眺めている。
定男が、ベッドプレートに目をやった。
(諏訪道一)
どこかで聞いたことのある名前だ。
定男が、杏子の顔をみた。それに気が付いた杏子が、どうしたのという顔で定男をみた。
定男の頭に諏訪道一という文字が残っていた。
「この名前、知らないか・・・」
「諏訪道一・・・」
杏子が声に出していった。
定男が頷いた。
「この名前に記憶があるんだ・・・」
杏子がじっとプレートを見ていたが
「そういえば、光子さんから聞いたことがある」
「誰だった・・・諏訪って」
杏子が、道男に目をくれた。そして顎を微かに杓った。
定男が、杏子の視線を追った。
道男は、目を瞑っている。
「ああ~、あの諏訪か・・・」声にならない声だった。
それから大きく頷いた。
定男が、じっとベッドプレートを見ながら
「しかし、あの諏訪だろうか・・・」
「でも名前も苗字も同じよ」
「同姓同名で、別人かな・・・」
杏子が首を傾げた。
「勝子さんなら知っているんじゃない」
「そうだろうな・・・」
そこへ看護師と一緒に一人の医者が入ってきた。
溝鼠-235泣くなよ [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]
バスで行こうと思ったが、どうも億劫だ。それでタクシーにした。
車に乗ってからも、どうも気が乗らない。行きたくないとの気持で一杯だった。だが、一度は顔を出さなければならない。嫌々ながらの見舞いである。
後部座席に座り、腰を低く沈め、ただ、ぼーっとしながら空を見上げたり人の往来に目を遣っていた。
ふと思った。自分は、糖尿だ、心臓だ、腎臓だといろいろな病気を抱え、何とかこの齢まで生き永らえてきた。
それに引き換え、彼奴は、若い頃から病気一つせず元気に過ごしてきた。
あの元気な彼奴が一気に倒れた。彼奴も人間だと思った。
そんなことを考えているうちに車は、H医科大学病院へ到着した。
病室には勝子がいるものと思ったが、いなかった。
道男がベッドで眠っていた。顔が少し小さくなったように思えた。
声を掛けると目を開けた。虚ろな目でじっと定男の顔を見ている。
「大丈夫か、元気出せよ」
定男が、そう声を掛けると、突然、道男が、喉の奥から唸るような声を出し、みるみるうちに両目に涙を浮かべ、その涙が左の目頭から流れ落ちた。
「きっと、よくなる。頑張れよ」
道男がじっと天井を凝視している。
定男が道男の目頭をテッシュでそっと拭った。
「泣くなよ・・・」
定男の声が少し震えた。
道男の後ろに立っていた杏子が、道男の傍らから身を乗り出し、そして少し前屈みになりながら
「道男さん、大丈夫。元気になるわよ。リハビリー頑張ってね」
そういうと道男が、微かに顎を引いた。
定男と杏子が目を合わせ、杏子が定男に微笑んだ。
定男は、ただ、じっと道男の顔を見ている。
車に乗ってからも、どうも気が乗らない。行きたくないとの気持で一杯だった。だが、一度は顔を出さなければならない。嫌々ながらの見舞いである。
後部座席に座り、腰を低く沈め、ただ、ぼーっとしながら空を見上げたり人の往来に目を遣っていた。
ふと思った。自分は、糖尿だ、心臓だ、腎臓だといろいろな病気を抱え、何とかこの齢まで生き永らえてきた。
それに引き換え、彼奴は、若い頃から病気一つせず元気に過ごしてきた。
あの元気な彼奴が一気に倒れた。彼奴も人間だと思った。
そんなことを考えているうちに車は、H医科大学病院へ到着した。
病室には勝子がいるものと思ったが、いなかった。
道男がベッドで眠っていた。顔が少し小さくなったように思えた。
声を掛けると目を開けた。虚ろな目でじっと定男の顔を見ている。
「大丈夫か、元気出せよ」
定男が、そう声を掛けると、突然、道男が、喉の奥から唸るような声を出し、みるみるうちに両目に涙を浮かべ、その涙が左の目頭から流れ落ちた。
「きっと、よくなる。頑張れよ」
道男がじっと天井を凝視している。
定男が道男の目頭をテッシュでそっと拭った。
「泣くなよ・・・」
定男の声が少し震えた。
道男の後ろに立っていた杏子が、道男の傍らから身を乗り出し、そして少し前屈みになりながら
「道男さん、大丈夫。元気になるわよ。リハビリー頑張ってね」
そういうと道男が、微かに顎を引いた。
定男と杏子が目を合わせ、杏子が定男に微笑んだ。
定男は、ただ、じっと道男の顔を見ている。
溝鼠-235泣くなよ [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]
バスで行こうと思ったが、どうも億劫だ。それでタクシーにした。
車に乗ってからも、どうも気が乗らない。行きたくないとの気持で一杯だった。だが、一度は顔を出さなければならない。嫌々ながらの見舞いである。
後部座席に座り、腰を低く沈め、ただ、ぼーっとしながら空を見上げたり人の往来に目を遣っていた。
ふと思った。自分は、糖尿だ、心臓だ、腎臓だといろいろな病気を抱え、何とかこの齢まで生き永らえてきた。
それに引き換え、彼奴は、若い頃から病気一つせず元気に過ごしてきた。
あの元気な彼奴が一気に倒れた。彼奴も人間だと思った。
そんなことを考えているうちに車は、H医科大学病院へ到着した。
病室には勝子がいるものと思ったが、いなかった。
道男がベッドで眠っていた。顔が少し小さくなったように思えた。
声を掛けると目を開けた。虚ろな目でじっと定男の顔を見ている。
「大丈夫か、元気出せよ」
定男が、そう声を掛けると、突然、道男が、喉の奥から唸るような声を出し、みるみるうちに両目に涙を浮かべ、その涙が左の目頭から流れ落ちた。
「きっと、よくなる。頑張れよ」
道男がじっと天井を凝視している。
定男が道男の目頭をテッシュでそっと拭った。
「泣くなよ・・・」
定男の声が少し震えた。
道男の後ろに立っていた杏子が、道男の傍らから身を乗り出し、そして少し前屈みになりながら
「道男さん、大丈夫。元気になるわよ。リハビリー頑張ってね」
そういうと道男が、微かに顎を引いた。
定男と杏子が目を合わせ、杏子が定男に微笑んだ。
定男は、ただ、じっと道男の顔を見ている。
車に乗ってからも、どうも気が乗らない。行きたくないとの気持で一杯だった。だが、一度は顔を出さなければならない。嫌々ながらの見舞いである。
後部座席に座り、腰を低く沈め、ただ、ぼーっとしながら空を見上げたり人の往来に目を遣っていた。
ふと思った。自分は、糖尿だ、心臓だ、腎臓だといろいろな病気を抱え、何とかこの齢まで生き永らえてきた。
それに引き換え、彼奴は、若い頃から病気一つせず元気に過ごしてきた。
あの元気な彼奴が一気に倒れた。彼奴も人間だと思った。
そんなことを考えているうちに車は、H医科大学病院へ到着した。
病室には勝子がいるものと思ったが、いなかった。
道男がベッドで眠っていた。顔が少し小さくなったように思えた。
声を掛けると目を開けた。虚ろな目でじっと定男の顔を見ている。
「大丈夫か、元気出せよ」
定男が、そう声を掛けると、突然、道男が、喉の奥から唸るような声を出し、みるみるうちに両目に涙を浮かべ、その涙が左の目頭から流れ落ちた。
「きっと、よくなる。頑張れよ」
道男がじっと天井を凝視している。
定男が道男の目頭をテッシュでそっと拭った。
「泣くなよ・・・」
定男の声が少し震えた。
道男の後ろに立っていた杏子が、道男の傍らから身を乗り出し、そして少し前屈みになりながら
「道男さん、大丈夫。元気になるわよ。リハビリー頑張ってね」
そういうと道男が、微かに顎を引いた。
定男と杏子が目を合わせ、杏子が定男に微笑んだ。
定男は、ただ、じっと道男の顔を見ている。
溝鼠-235泣くなよ [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]
バスで行こうと思ったが、どうも億劫だ。それでタクシーにした。
車に乗ってからも、どうも気が乗らない。行きたくないとの気持で一杯だった。だが、一度は顔を出さなければならない。嫌々ながらの見舞いである。
後部座席に座り、腰を低く沈め、ただ、ぼーっとしながら空を見上げたり人の往来に目を遣っていた。
ふと思った。自分は、糖尿だ、心臓だ、腎臓だといろいろな病気を抱え、何とかこの齢まで生き永らえてきた。
それに引き換え、彼奴は、若い頃から病気一つせず元気に過ごしてきた。
あの元気な彼奴が一気に倒れた。彼奴も人間だと思った。
そんなことを考えているうちに車は、H医科大学病院へ到着した。
病室には勝子がいるものと思ったが、いなかった。
道男がベッドで眠っていた。顔が少し小さくなったように思えた。
声を掛けると目を開けた。虚ろな目でじっと定男の顔を見ている。
「大丈夫か、元気出せよ」
定男が、そう声を掛けると、突然、道男が、喉の奥から唸るような声を出し、みるみるうちに両目に涙を浮かべ、その涙が左の目頭から流れ落ちた。
「きっと、よくなる。頑張れよ」
道男がじっと天井を凝視している。
定男が道男の目頭をテッシュでそっと拭った。
「泣くなよ・・・」
定男の声が少し震えた。
道男の後ろに立っていた杏子が、道男の傍らから身を乗り出し、そして少し前屈みになりながら
「道男さん、大丈夫。元気になるわよ。リハビリー頑張ってね」
そういうと道男が、微かに顎を引いた。
定男と杏子が目を合わせ、杏子が定男に微笑んだ。
定男は、ただ、じっと道男の顔を見ていた。
車に乗ってからも、どうも気が乗らない。行きたくないとの気持で一杯だった。だが、一度は顔を出さなければならない。嫌々ながらの見舞いである。
後部座席に座り、腰を低く沈め、ただ、ぼーっとしながら空を見上げたり人の往来に目を遣っていた。
ふと思った。自分は、糖尿だ、心臓だ、腎臓だといろいろな病気を抱え、何とかこの齢まで生き永らえてきた。
それに引き換え、彼奴は、若い頃から病気一つせず元気に過ごしてきた。
あの元気な彼奴が一気に倒れた。彼奴も人間だと思った。
そんなことを考えているうちに車は、H医科大学病院へ到着した。
病室には勝子がいるものと思ったが、いなかった。
道男がベッドで眠っていた。顔が少し小さくなったように思えた。
声を掛けると目を開けた。虚ろな目でじっと定男の顔を見ている。
「大丈夫か、元気出せよ」
定男が、そう声を掛けると、突然、道男が、喉の奥から唸るような声を出し、みるみるうちに両目に涙を浮かべ、その涙が左の目頭から流れ落ちた。
「きっと、よくなる。頑張れよ」
道男がじっと天井を凝視している。
定男が道男の目頭をテッシュでそっと拭った。
「泣くなよ・・・」
定男の声が少し震えた。
道男の後ろに立っていた杏子が、道男の傍らから身を乗り出し、そして少し前屈みになりながら
「道男さん、大丈夫。元気になるわよ。リハビリー頑張ってね」
そういうと道男が、微かに顎を引いた。
定男と杏子が目を合わせ、杏子が定男に微笑んだ。
定男は、ただ、じっと道男の顔を見ていた。
溝鼠ー234 面倒は自分が看る [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]
定男が、道男のことを知ったのは、相当経ってからだった。
いつもの通り、モトを見舞って家に帰って来ると玄関で杏子がいった。
「道男さんが、脳卒中で入院したんだって。さっき、勝子さんから電話があったわよ」
定男は、何も言わずに居間に入り、着ていたジャンパーをハンガーに掛け、それを鴨居に引っ掛けた。それからソフアーに腰を下ろした。
「いつ倒れたんだ・・・」
「先月だって」
「容態はどうなんだ」
「特に言ってなかったわよ」
定男が苦虫を噛みつぶしたような表情をした。
「訊けばよかったね」
杏子が申し訳なそうな顔をした。
「どうしようか・・・」
「どうしようかって・・・」
「見舞に行かなければならないわね」
定男が少し考えてから
「話せるのかな・・・」
「そこまで、勝子さんは、言わなかったし、こっちも訊かなかったわよ」
定男は、出された茶を啜りながら、肩にずっしりと重たい何かが、圧し掛かったように思えた。
杏子には聴こえなかっただろうが、定男が、ふーと息を吐いた。それから、自分に問いかけるかのようにいった。
「行くなら、いつ頃がいいかな・・・」
「早めのほうが、いいじゃない」
「そしたら、明日か・・・」
ため息とも取れるような言い方だった。
定男は行くのが億劫だった。しかし、一度は顔を出さなければならない。先延ばしにしたらなおさら億劫になる。気持ちが変わらないうちに出掛けることだと思った。
定男は、しばしの間考えていた。実際、疲れていた。一日おきのモトへの見舞いは、年齢、体力からして辛い。
重い足を引き摺りながらの老健への通いである。
幾つになっても、親がいる以上誰もが避けて通れないことだと分かっているが・・・辛い。
モトの顔が脳裏に浮かんだ。モトの病状を聞いた時、面倒は自分が看ると決めた。しかし、老健通いが、こんなにも辛いことだと思わなかった。
翌日、二人は、道男の入院している病院へ出掛けた。
いつもの通り、モトを見舞って家に帰って来ると玄関で杏子がいった。
「道男さんが、脳卒中で入院したんだって。さっき、勝子さんから電話があったわよ」
定男は、何も言わずに居間に入り、着ていたジャンパーをハンガーに掛け、それを鴨居に引っ掛けた。それからソフアーに腰を下ろした。
「いつ倒れたんだ・・・」
「先月だって」
「容態はどうなんだ」
「特に言ってなかったわよ」
定男が苦虫を噛みつぶしたような表情をした。
「訊けばよかったね」
杏子が申し訳なそうな顔をした。
「どうしようか・・・」
「どうしようかって・・・」
「見舞に行かなければならないわね」
定男が少し考えてから
「話せるのかな・・・」
「そこまで、勝子さんは、言わなかったし、こっちも訊かなかったわよ」
定男は、出された茶を啜りながら、肩にずっしりと重たい何かが、圧し掛かったように思えた。
杏子には聴こえなかっただろうが、定男が、ふーと息を吐いた。それから、自分に問いかけるかのようにいった。
「行くなら、いつ頃がいいかな・・・」
「早めのほうが、いいじゃない」
「そしたら、明日か・・・」
ため息とも取れるような言い方だった。
定男は行くのが億劫だった。しかし、一度は顔を出さなければならない。先延ばしにしたらなおさら億劫になる。気持ちが変わらないうちに出掛けることだと思った。
定男は、しばしの間考えていた。実際、疲れていた。一日おきのモトへの見舞いは、年齢、体力からして辛い。
重い足を引き摺りながらの老健への通いである。
幾つになっても、親がいる以上誰もが避けて通れないことだと分かっているが・・・辛い。
モトの顔が脳裏に浮かんだ。モトの病状を聞いた時、面倒は自分が看ると決めた。しかし、老健通いが、こんなにも辛いことだと思わなかった。
翌日、二人は、道男の入院している病院へ出掛けた。
溝鼠ー233少しさびしい [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]
「今度は、いつ会えるんだろうかね」
勝子が道男の顔を見ながらいった。
「来年の春に、こっちへ戻るかもしれないよ」
夫の康夫が地方へ出たのは、36歳の時である。それから道内の支店を転々と歩きと既に21年が経っていた。
「そろそろ、康夫さんも定年だろさ」
「そう。早いもんだね。地方歩きで終わるかと思ったら、本社へ戻されるようなの」
「よかったじゃない。そうなったら嬉しいね」
勝子が光子の顔見ながら微笑んだ。
「そうなったら、私も安心だわ」
道子が勝子の傍でいった。
「こっちへ戻ったからって、そうそう、お父さんの面倒は看れないよ。。たまには
来てみるけどさ」
「でも、あんたが近くにいるだけで何となく心強いよ」
勝子がいった。「
そう頼られても困るよ。私たちだって年なんだから」
「わかっているけどさ、なんとなく安心なんだよ」
道子は、勝子が自分より姉の光子を頼りにしているのかと思うと少しさびしい気持ちになった。
道子は、夫と二人で豆腐屋を営んでいる。定年退職などない。自由業である。何も保証がない。体を壊すと明日にも生活は、できなくなる。
そんなことを考えると自分のほうが、早く帰らなければと道子は思った。
「私も明日、帰るわ。家では、お父さん一人で朝の早くから起きて仕事をしているから。兎に角、命に別状なかったし、よかったしょ」
道子がいった。
道子は、諏訪道一のことなど忘れてしまった。早く峰下町の「すず屋」へ戻りたかった。
勝子が道男の顔を見ながらいった。
「来年の春に、こっちへ戻るかもしれないよ」
夫の康夫が地方へ出たのは、36歳の時である。それから道内の支店を転々と歩きと既に21年が経っていた。
「そろそろ、康夫さんも定年だろさ」
「そう。早いもんだね。地方歩きで終わるかと思ったら、本社へ戻されるようなの」
「よかったじゃない。そうなったら嬉しいね」
勝子が光子の顔見ながら微笑んだ。
「そうなったら、私も安心だわ」
道子が勝子の傍でいった。
「こっちへ戻ったからって、そうそう、お父さんの面倒は看れないよ。。たまには
来てみるけどさ」
「でも、あんたが近くにいるだけで何となく心強いよ」
勝子がいった。「
そう頼られても困るよ。私たちだって年なんだから」
「わかっているけどさ、なんとなく安心なんだよ」
道子は、勝子が自分より姉の光子を頼りにしているのかと思うと少しさびしい気持ちになった。
道子は、夫と二人で豆腐屋を営んでいる。定年退職などない。自由業である。何も保証がない。体を壊すと明日にも生活は、できなくなる。
そんなことを考えると自分のほうが、早く帰らなければと道子は思った。
「私も明日、帰るわ。家では、お父さん一人で朝の早くから起きて仕事をしているから。兎に角、命に別状なかったし、よかったしょ」
道子がいった。
道子は、諏訪道一のことなど忘れてしまった。早く峰下町の「すず屋」へ戻りたかった。
溝鼠-232節制しなさい」 [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]
部屋に戻ると、勝子が右腕を枕に顔をベッドに埋めるようにして眠っている。
道子が勝子の顔を覗き込むようにして揺り起こし、そして声をかけた。
「お母さん・・・」
勝子が顔を上げた。
「あら、嫌だ。お父さんの顔をみてたら、知らぬ間に眠ったんだね」
そういって勝子が照れ隠しに含み笑いをしながら道男を見て、
「お父さん、気持ちよさそうに眠ってるね」といって、道男のそばに近寄り頭をそっと撫でた。
「そのままにしておいたら」
光子が傍で言った。
「今日は、雨が降ってるせいか、どこの部屋の患者さんもベッドに潜り込んで、気持ち良さそうに眠ってるね」
道子がいった。
光子が部屋の中を見渡して道子の耳元で囁いた。
「みんな体が動かないだろうか」
道子も部屋の中を見渡した。
道男と同じ年代と思われる人、それに中年の人。50歳に届いたかどうかの痩せぎすの人、この人は、先ほどリハビリから戻ってきた来たところを見た。
部屋をざっと見渡して4人のうちどの人が動けるのかわからない。
光子が道男の頭に手を置きながら
「お父さん、酒は、少し節制しなさい」
「もう、酒は飲めないでしょ」
「お父さんのことだから、元気になったらまた飲むでしょ」
光子が、皮肉っぽく笑った。
「お父さん、私、明日帰るからね。先生方やお母さんの言うことを聞いて頑張ってね」
それを聞いた勝子がきょとんとした顔をしながら
「明日帰るの・・・来たばかりじゃないのさ」
残念そうに言った。
「孫の和恵ちゃんの面倒を見なきゃならないんだって」
道子が傍でいった。
「和恵が風邪を引いてるので」
「来たばかりなのに・・・、もう少しゆっくりして行ったらどなのさ」
「爺ちゃん一人で孫の面倒は見切れないしょ。それに私もなんだかんだと忙しいの」
勝子が少し不満そうな面持ちである。
「忙しいのは、お互い様よ」道子がいった。
「そうだね。みんなそれぞれ家庭を持っているからね」
勝子が止むを得ないといった顔で頷きながらいった。
道子が勝子の顔を覗き込むようにして揺り起こし、そして声をかけた。
「お母さん・・・」
勝子が顔を上げた。
「あら、嫌だ。お父さんの顔をみてたら、知らぬ間に眠ったんだね」
そういって勝子が照れ隠しに含み笑いをしながら道男を見て、
「お父さん、気持ちよさそうに眠ってるね」といって、道男のそばに近寄り頭をそっと撫でた。
「そのままにしておいたら」
光子が傍で言った。
「今日は、雨が降ってるせいか、どこの部屋の患者さんもベッドに潜り込んで、気持ち良さそうに眠ってるね」
道子がいった。
光子が部屋の中を見渡して道子の耳元で囁いた。
「みんな体が動かないだろうか」
道子も部屋の中を見渡した。
道男と同じ年代と思われる人、それに中年の人。50歳に届いたかどうかの痩せぎすの人、この人は、先ほどリハビリから戻ってきた来たところを見た。
部屋をざっと見渡して4人のうちどの人が動けるのかわからない。
光子が道男の頭に手を置きながら
「お父さん、酒は、少し節制しなさい」
「もう、酒は飲めないでしょ」
「お父さんのことだから、元気になったらまた飲むでしょ」
光子が、皮肉っぽく笑った。
「お父さん、私、明日帰るからね。先生方やお母さんの言うことを聞いて頑張ってね」
それを聞いた勝子がきょとんとした顔をしながら
「明日帰るの・・・来たばかりじゃないのさ」
残念そうに言った。
「孫の和恵ちゃんの面倒を見なきゃならないんだって」
道子が傍でいった。
「和恵が風邪を引いてるので」
「来たばかりなのに・・・、もう少しゆっくりして行ったらどなのさ」
「爺ちゃん一人で孫の面倒は見切れないしょ。それに私もなんだかんだと忙しいの」
勝子が少し不満そうな面持ちである。
「忙しいのは、お互い様よ」道子がいった。
「そうだね。みんなそれぞれ家庭を持っているからね」
勝子が止むを得ないといった顔で頷きながらいった。