亡魂-24 始める前の顔と違い

手は、しっかりと握られ震えている。眉間に皺を寄せ、歯を食い縛り何か憎悪の念が感じ取れる。
幸一は、小さな声でそっと訊いてみた。
「どうかしましたか」と訊くとただじっとしているだけで何もいわない。
「苦しいのですか・・・」
目は瞑っている。首を項垂れ動こうとしない。ヨネの黒ずんだ顔をよく見ると首を少し小刻みに震わせ、歯を食いしばり、口を一文字に結んでいる。
幸一は、ただならぬものを感じた。
あまり長い時間降霊してもヨネに負担が掛かる。
「おかえりください」と幸一が言うと、霊は、少しの間、じっとしていたが、深く息を吸い込むとその息を一気に吐きだした。
ヨネは、背を真っすぐに伸ばし、そして胸を張り、読経を始めた。その声は大きくなったり小さくなったりしながら、時々、数珠で自らの体を強く何度も叩き、まるで体から霊を追い出すかのようだ。
少ししてからヨネが目を開け幸一の方へ体を向けた。
「終わりました。分かりましたか」
ヨネの顔は、始める前の顔と違い、目が窪み頬はこけ深い縦縞の皺が顔中に走り憔悴しきった顔になっていた。
その顔を見た途端、幸一は、ほんの数分の間にこんなにも体力を消耗するものなのか驚愕した。
「パタ、パタは、女性だと分かりましたが、カタカタが分からないです」
そういうと、ヨネは、頷きながら、
「出てこられない理由が何かあるのかもしれませんよ」といった。
「そうですか・・・」
幸一は、それ以上のことは聞かなかった。
ヨネを送り届けた幸一と昭三、それに久米島の3人が支局に集まった。
意外とあっけなく終わった。結果的には、何も分からなかった。
女性だと分かったが、それは幸一が、スリッパで確証を得ていた。
「一人は、間違いなく女だと分かったが、もう一人カタカタとさせた霊の正体が分からないね。もう一人いるんだろうなあ」幸一がそういうと昭三が、
「以前、住んでいた人の所へ行って訊いてみますか」
幸一と久米島が顔を見合わせた。

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亡魂-23脇腹を小突き

ヨネの少し斜め後ろに座った幸一は、ヨネの手が見えた。
ヨネは、手をしっかりと握り占め右膝の上に置かれていた。そのこぶしが、ぶるぶると小刻みに震えている。
幸一が、昭三の脇腹を小突き、ヨネの方へ顎をしゃくった。
昭三は、顔を少し前に出しヨネの手を見て目を大きく見開き頷いた。
幸一が「移転したことは、分かってくれましたか・・・」と訊くと霊が頷いた。
それから少しじっとしていたが、突然「水」と大きな声でいった。
最初は、何のことか分からず、幸一が昭三の顔を見た。昭三も分からないでいると
「どんぶりで水を・・・」
といった。
「飲む水ですか」と訊くと
霊が頷いた。
キネが、咄嗟に台所へ行き、水を汲んできた。それを霊の前に置いた。どんぶりには、溢れんばかりの水が入っている。
「水を持ってきました」と幸一がいうと霊がどんぶりを両手で持ち口へ運び一気に飲み干した。
飲み干すと太くて低い声で
「悔しい・・・」とひとこといった。
その声は、絞り出すような声だった。
幸一も昭三も訳が分からなかった。
「何かありましたか」と訊くと
霊は黙ったままである。

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亡魂ー22 息を大きく吸い

目の前は、真っ白な壁である。そこへ向かって、ヨネが、目を瞑り、両手をゆっくりと頭の上まで持って行き、数珠を擦り合わせて居る。少ししてその手を徐々に下ろした。それを何度か繰り返した。
ヨネの太く節くれだった手が上下する。それに濃紺に薄い縦縞の入った木綿の着物の袖から真っ白な前腕が見え隠れする。
直ぐに霊は、下りた。時間にして2分も掛からなかった。
ヨネは、経文が終わると、少しの間じっとしていたが、突然、息を大きく吸い、そして、「フー」と音を立て吐いた。それから、肩を落とし、首を少し前に出し、前傾姿勢になった。手は、両手を前で組み、その手を膝の上に置いた。
更に、また、息を大きく吸った。ヨネの上体が少し持ち上がった。そして「フー」と音を立てて吐いた。
ヨネの格好は、まるで小さな子供が赤子を背負っているかのように見えた。
それから、じっとしたまま動かなくなった。
幸一は、霊が下りたと思った。即座に
「あなたは、ここに住んでいた方ですか」と訊いた。
ヨネが項垂れたまま静かに一度だけ頷いた。
「ここに住んでいた方は、他へ移転しました。現在、ここに、住んでおりません」
霊は、じっとして聞いていた。動こうとしない。
「移転先が、分からないのですか」
川村昭三が訊いた。
霊が小さく頷いた。
「移転先は、道路を挟んで向かい側の裏の方へ引っ越しました」
幸一が言うと霊は、依然としてじっとしたままで動かない。
幸一と昭三は、顔を見合わせた。
「あなたは、女の方ですか」
幸一は、先般、台所に置いたスリッパのことを思い出して訊いてみた。
霊は、小さく頷いた。
「カタ、カタとさせたのはあなたですか」
幸一がそう訊くと首を小さく横に振った。
「誰だろうか・・・」幸一が呟いた。
「違う霊かな・・・」昭三が横でいった。
「それでは、あなたは「パタ、パタ」とさせた方ですか」
幸一がそう訊くと霊が頭をゆっくりと前に下げ、それからゆっくりと上げた。

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亡魂ー21始めます

そして、六畳間二間続きの和室を舐めるように見ていた。
少して、落ち着いた低い声で「この部屋は寒い」といった。8月である。幸一も昭三も寒いとは思わなかった。エゾキスゲが咲きやっと夏らしなっていた。
幸一と昭三は、互いに目を合わせうなずき合いながら、ゆっくりとヨネを奥へと案内した。ヨネが立ち止まった。
そして、ぐるりと辺りを見渡してから、入って来た方向へ向き直り家の右隅を見てから左の隅をじっと見ていた。
それから、徐に左側へと進み壁の前に立った。
丁度、台所との壁ひとつ隔てた場所にあたる。その場に立った。
目を瞑り、一二分ほど、その場に立っていたが、「ここにしよう」といってその場に腰を下ろそうとした。キクが、慌てて座布団をその場に敷いた。その場は、真北に当たるところだ。
「これから、始めますが、右か左かはっきりと訊いてください。右でしょうか左でしょうかという訊き方はしないでください。短く訊いてください。仏が苦しんでいるようなら、止めてください」といった。
ヨネの右横、少し後ろには、幸一に昭三それに久米島、その後ろにキネに幸三が正座して座った。
「始めますか」といった。
幸一が、「おねがします」というと、ヨネは、数珠を持ち両手を目の前で組み、経文を唱え始めた。数珠の音が、静かな部屋の中に響き渡った。

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亡魂-ー20 響きがあり通りの良い声が

「もしもし、長谷川ですが・・・」
響きがあり通りの良い声が耳に入ってきた。昨日の女の声だ。
「あの~、昨日、お邪魔しました工藤ですが」
「ああ、昨日は、ご苦労様でした。婆ちゃんに訊きました。そしたら、行けるそうです。ただ、元川までの足がないので、よろしかったら、そちらで手配して頂けましたらとのことです」
「ああ、有難うございます。車の方は、こちらの方で何とかします。それで、ご都合の良い日は、何日がよろしいかヨネさんに訊いて頂けますか」
「毎週、木曜日が検診日ですので、それ以外の日であればとのことです」
「それじゃ、なるたけ早い時期に御願いしたいので、三日後の月曜日は、どうでしょうか、ヨネさんに訊いてみて下さい」
「分かりました。それじゃ、確認してから再度お電話をいたしますので、一箪電話を切ります」
小一時間ほどして、電話が来た。了解したとのことだった。
長谷川ヨネが来ることになった。
送迎は、幸一同乗の上、川村昭三の自家用車で行くことになった。
当日、朝の九時半ごろに上元川町に向かい同10時半ごろに元川市に戻ってきた。
車から、白髪で腰の少し曲がった老婆が、杖を突きながら降りて来た。
よろよろとして、今にも転びそうなおぼつかない足取りで、ゆっくりと一歩一歩大地を踏みしめるかのようにして歩いている。幸一がヨネさんの傍に付ききりで、一緒にゆっくり歩いている。
キネが、玄関から出て小走りで近寄って行きヨネに
「ご苦労様です。本日は、有難うございました」といって頭を下げた。するとヨネが、ちょっと立ち止まり軽く頭を下げた。
幸一と昭三が、ヨネの両側にそれぞれ立って腕を抱えている。
玄関に入り上がり框を上がり、引き戸を開けて一歩居間に入ると、ヨネがその場に立ち止まった。

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