亡魂ー22 息を大きく吸い

目の前は、真っ白な壁である。そこへ向かって、ヨネが、目を瞑り、両手をゆっくりと頭の上まで持って行き、数珠を擦り合わせて居る。少ししてその手を徐々に下ろした。それを何度か繰り返した。
ヨネの太く節くれだった手が上下する。それに濃紺に薄い縦縞の入った木綿の着物の袖から真っ白な前腕が見え隠れする。
直ぐに霊は、下りた。時間にして2分も掛からなかった。
ヨネは、経文が終わると、少しの間じっとしていたが、突然、息を大きく吸い、そして、「フー」と音を立て吐いた。それから、肩を落とし、首を少し前に出し、前傾姿勢になった。手は、両手を前で組み、その手を膝の上に置いた。
更に、また、息を大きく吸った。ヨネの上体が少し持ち上がった。そして「フー」と音を立てて吐いた。
ヨネの格好は、まるで小さな子供が赤子を背負っているかのように見えた。
それから、じっとしたまま動かなくなった。
幸一は、霊が下りたと思った。即座に
「あなたは、ここに住んでいた方ですか」と訊いた。
ヨネが項垂れたまま静かに一度だけ頷いた。
「ここに住んでいた方は、他へ移転しました。現在、ここに、住んでおりません」
霊は、じっとして聞いていた。動こうとしない。
「移転先が、分からないのですか」
川村昭三が訊いた。
霊が小さく頷いた。
「移転先は、道路を挟んで向かい側の裏の方へ引っ越しました」
幸一が言うと霊は、依然としてじっとしたままで動かない。
幸一と昭三は、顔を見合わせた。
「あなたは、女の方ですか」
幸一は、先般、台所に置いたスリッパのことを思い出して訊いてみた。
霊は、小さく頷いた。
「カタ、カタとさせたのはあなたですか」
幸一がそう訊くと首を小さく横に振った。
「誰だろうか・・・」幸一が呟いた。
「違う霊かな・・・」昭三が横でいった。
「それでは、あなたは「パタ、パタ」とさせた方ですか」
幸一がそう訊くと霊が頭をゆっくりと前に下げ、それからゆっくりと上げた。

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