溝鼠ー207新聞を見ろ [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]

二階を見上げると道男が鼻の穴を大きく膨らませいきり立っている。
勝子の顔をじっと見つめながら怒鳴った。
「一体全体、これはなんだ」
そういって二階から勝子に向けて何かを投げつけた。
危うく勝子にあたるところだった。
足元を見るとポリ袋に入った100万円が新聞紙から飛び出して転がっている。
「新聞を見ろ」
「新聞って・・・」
「新聞の日付だよ。何日だ」
「20日になってるよ」
「婆さんが、特養へ入った日は、何日だ」
「三日前でしょ」
特養へ入ったのは、二三日だ。新聞紙は、一階の台所に置いてる。その中から勝子が日付を見ないで引き抜いて使ったのだ。
「婆さんが特養へ入ったのは、二三日だろう。婆さん、その新聞をどうやって下の台所から持って来たんだ」
(仕舞った)と思ったがすでに手遅れだ。
(どうしよう)
勝子の右手に握られた札束が、まるで棒切れのように見える。
「婆ちゃんに言われて、私が渡したんだよ」
咄嗟に出た言葉だった。
「お前が二階まで持ってきたのか」
「そう、私が二階まで持って行ったよ」
道男が、信じられないといった顔をしている。
「本当だよ。頼むからって言われたら、しょうがないっしょ」
「新聞紙を何に使うといったのよ」
「知らないよ。ただ新聞紙が欲しいといったから、持っていたんだよ」
道男が二階から降りてきた。
「そんなに私を責めないでよ」
道男の態度が先ほどより少し和らいでいた。


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溝鼠ー206部屋の中をうろうろと [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]

「手紙が来てるよ」
郵便受けから半分ほど顔を出している封書をちらりと見ていった。
「ああ、本当だ」
勝子が郵便受けから封書を引き抜いた。
パチンと大きな音が玄関に響いた。
「それじゃね、お母さん」
椰季子が、ドアを開け背を向けて手を振りながら出て行った。
封書は、佳代子からだった。表書きには、小林道男、勝子様と書いてある。勝子が居間に入る前に手紙のことを道男に告げようと思ったが、封書を二つに折りにしてポロシャツの胸元のボタンを一つ開け、そこへ入れてそっと押さえてた。
それから、足を忍ばせながら二階へ上がり道男の様子を窺った。
道男は、勝子に尻を向け台所の収納キャビネットの中からフライパンや鍋を取り出している。
勝子は、声を掛けずにそっと階段を下りた。
勝子が居間に入るとポロシャツの中から封書を取り出した。
封を切り中を開くと手紙には次ように書いてあった。
「お父さん、お母さん元気ですか。私は元気でやっています。欧州への旅行と偽って御免なさい。私たち二人は、元気でやっています。何も言わずに家を出てしまい本当に申し訳ないと思っています。彼の仕事の関係で東京へ出ることになりました。
現在二人とも元気にやっています。
少し落ち着いたら、二人でそちらへ行き結婚の許しを得たいと思っております。それまでこのままにしておいてください。まずはお知らせまで」
勝子は、以前、佳代子と二人でカラオケに行ったとき、それらしきことを聞いていたので、やっぱりそうかと思いそれほど驚かなかった。だが、勝子は腹が立った。
この手紙を道男に見せたらどうなるだろうか。恐らく気が動転し可笑しくなるのではないだろうか。そうなったらどうしようか。
勝子は手紙を持って部屋の中をうろうろと歩き回った。
いい案が浮かばない。どうしよう。
その時、二階から声がした。
「勝子・・・、勝子」
大きな声だ。

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溝鼠ー205椅子のきしむ音が [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]

勝子が、テレビのボリュウームを下げた。
「彼奴に電話してやるか」
てっきり眠っているものと思っていた道男がいった。
「お兄さんに・・・」
勝子が、テレビのボリュームから手を離し振り向き際にいった。
「ああ」
道男が天井を見上げながら何か考えている。
その時、二階で音がした。音は一瞬だった。
「今、二階で音がしたな」
「ああ、椰季子が何か落としたんだろうさ」
勝子が、ぎょろ目で道男の顔を見た。
あの音は、椰季子が、収納キャビネットの中の鍋を落とした音だ。椰季子がモトの部屋にいる。
(どうしようか)
道男が天井を見上げていたが
「電話は、今度にするか・・・」
道男は、未だ一千万円を探し出せないでいる。彼奴には、この一千万円を見つけてから連絡しても遅くはないと思った。
暫くしてからソフアーから道男が立ち上がった。
「婆さんの部屋でへ探し物してくる」
勝子は、困った。今行かれては困る。椰季子が部屋の中にいる。何とか止めなければと思った。
その時、パタパタと二階から下りてくる足音がした。
勝子が、ほっと胸をなでおろし、いつも座っているキッチンテーブルの椅子に座った。
全体重を預けたせいか、ぎしぎしと椅子の軋む音が普段よりも大きく鳴った。
道男が部屋を出て行こうとした時、ドアが開いて椰季子が姿を現した。
「なんだ、外出するのか」
椰季子が、首にキャメルのストールを掛け、左手にコートを持っている。
足元には、ボストンバッグが置いてある。
「どこかへ出かけるのか・・・」
「うん、ちょっと出かけてくる」
道男は、それ以上のことを訊かなかった。
道男が二階へ上がり、椰季子が玄関から出て行ことした時、一通の封書が
郵便受けに入っているのを椰季子が見つけた。

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溝鼠-204ガシャンと音が [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]

キャメルのストールの下から新聞紙が見える。取り出して新聞紙を広げポリ袋を取り出した。
重さが、先ほど持った200万円の感触と少し違う。ポリ袋の中から札を取り出した。
厚さが1センチ程度だ。これが、200万円か。椰季子は、札を数えてみようと思ったが、そんな時間がない。
もしかしたら、収納棚に入れたのが200万円か。
椰季子は、愕然とした。
(どうしようか)
取り換えなければと思った。100万と200万は違う。椰季子は焦った。
急いで100万円をポリ袋の中へ入れて新聞紙で包んだ。それを持って立ち上がった。
ドアの傍へ行き聞き耳を立てた。静かだ。そっとドアを開け外を覗いた。
階下から何も聞こえない。椰季子は、ドアをそっと出た。
隣のモトの部屋の前に立ち静かにドアを開け滑り込むようにして部屋の中へ入りドアに閉めた。
ドアに耳を付け階下から上がってくる様子がないか再度聞き耳を立てた。
何も聞こえない。静かに収納キャビネットへ近づき扉を開いた。
200万円が鍋底の上に無造作に乗っている。先ほどポンと投げ入れたままの姿だ。
鍋の底に乗っている200万円をそっと取り出し、持ってきた100万円と重さを比べてみた。
持ってきた100万円の方がどう見ても軽いし厚みも違う。間違えてボストンバッグの中へ入れたのだ。気が付いてよかったと持った。
持ってきた100万円を鍋底の上に置くわけにもいかない。モトが隠すとするならば、収納棚の隅にでも仕舞わなけらば不自然だ。
椰季子は、重なっているフライパンや鍋を一度取り出さなければならないと思った。
しかし、下手するとそれらが崩れ落ち大きな音がする。
細心の注意を払う必要がある。椰季子は、立膝をしていたが、座り直して、その場に胡坐をかいた。
中から両手で一個一個取り出した。
「ガシャン」と音がした。
重なり合っていたフライパンと鍋の蓋が崩れ落ちた。
しまったと思ったが遅かった。階下へ聞こえたはずだ。
慌てて落ちた鍋の蓋を取って収納棚へ入れようとしたら、また鍋の蓋同士がぶつかり音がした。
急がなけらば思った。

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