溝鼠ー206部屋の中をうろうろと [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]

「手紙が来てるよ」
郵便受けから半分ほど顔を出している封書をちらりと見ていった。
「ああ、本当だ」
勝子が郵便受けから封書を引き抜いた。
パチンと大きな音が玄関に響いた。
「それじゃね、お母さん」
椰季子が、ドアを開け背を向けて手を振りながら出て行った。
封書は、佳代子からだった。表書きには、小林道男、勝子様と書いてある。勝子が居間に入る前に手紙のことを道男に告げようと思ったが、封書を二つに折りにしてポロシャツの胸元のボタンを一つ開け、そこへ入れてそっと押さえてた。
それから、足を忍ばせながら二階へ上がり道男の様子を窺った。
道男は、勝子に尻を向け台所の収納キャビネットの中からフライパンや鍋を取り出している。
勝子は、声を掛けずにそっと階段を下りた。
勝子が居間に入るとポロシャツの中から封書を取り出した。
封を切り中を開くと手紙には次ように書いてあった。
「お父さん、お母さん元気ですか。私は元気でやっています。欧州への旅行と偽って御免なさい。私たち二人は、元気でやっています。何も言わずに家を出てしまい本当に申し訳ないと思っています。彼の仕事の関係で東京へ出ることになりました。
現在二人とも元気にやっています。
少し落ち着いたら、二人でそちらへ行き結婚の許しを得たいと思っております。それまでこのままにしておいてください。まずはお知らせまで」
勝子は、以前、佳代子と二人でカラオケに行ったとき、それらしきことを聞いていたので、やっぱりそうかと思いそれほど驚かなかった。だが、勝子は腹が立った。
この手紙を道男に見せたらどうなるだろうか。恐らく気が動転し可笑しくなるのではないだろうか。そうなったらどうしようか。
勝子は手紙を持って部屋の中をうろうろと歩き回った。
いい案が浮かばない。どうしよう。
その時、二階から声がした。
「勝子・・・、勝子」
大きな声だ。

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