溝鼠ー240何故かセピア色に [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]
病院を出て右に行くとタクシー乗り場があった。そこから車に乗った。
帰りの車のなかでも二人の会話は、ほとんどなかった。
車内が少し寒かった。日増しに寒さが身に染みるようになった。
定男は、コートの襟を立て両腕で確りと自分の体を抱きしめた。幾らか温かい。
車内のラジオで十勝岳に初冠雪が観測されたと報道している。
雪が降る時期だ。実に一年が経過するのが早い。
定男は、大きな溜息をついた。
定男は、なぜか寂しくて悲しかった。
(親父が言ったじゃないか、3人兄妹だ。喧嘩をするなと。仲良くすれと)
俺は、その言葉を守ってきた。だが、道男は、その言葉を守らなかった。久仁子も可哀相に、実家の仏壇に手を合わせることもなく帰っていった。彼奴の欲のためにだ。
ふと思った。もしかしたらモトも犠牲者なのかも知れないと。
中ったと聞いた時、溜飲が下がる思いであった。だが、反面、可哀相な奴だとの気持ちのほうが強かった。
人生って分からないものだ。最後は、あの有り様。自分の私利私欲のために色々と策を講じ、最後に頓挫した。
何のために争ったのか。
車窓から見える街並みが、夕日に映え、何故かセピア色に染まっていた。
定男は、その街並みをぼうっと眺めていた。
終わります。
長いことお付き合い頂き有難うございました。
次回作もよろしくお願い申し上げます。
帰りの車のなかでも二人の会話は、ほとんどなかった。
車内が少し寒かった。日増しに寒さが身に染みるようになった。
定男は、コートの襟を立て両腕で確りと自分の体を抱きしめた。幾らか温かい。
車内のラジオで十勝岳に初冠雪が観測されたと報道している。
雪が降る時期だ。実に一年が経過するのが早い。
定男は、大きな溜息をついた。
定男は、なぜか寂しくて悲しかった。
(親父が言ったじゃないか、3人兄妹だ。喧嘩をするなと。仲良くすれと)
俺は、その言葉を守ってきた。だが、道男は、その言葉を守らなかった。久仁子も可哀相に、実家の仏壇に手を合わせることもなく帰っていった。彼奴の欲のためにだ。
ふと思った。もしかしたらモトも犠牲者なのかも知れないと。
中ったと聞いた時、溜飲が下がる思いであった。だが、反面、可哀相な奴だとの気持ちのほうが強かった。
人生って分からないものだ。最後は、あの有り様。自分の私利私欲のために色々と策を講じ、最後に頓挫した。
何のために争ったのか。
車窓から見える街並みが、夕日に映え、何故かセピア色に染まっていた。
定男は、その街並みをぼうっと眺めていた。
終わります。
長いことお付き合い頂き有難うございました。
次回作もよろしくお願い申し上げます。
溝鼠-239涙が込み上げてきた
杏子が、ちょっと小首を傾げた。
「まあ、小林さんのことは、私のほうで診ていますのでご安心ください」
机の上の電話が鳴った。諏訪は、二言三言話して電話を切ると
「そじゃ、私は、これで・・・」
諏訪は、部屋を出て行った。
二人も諏訪に続いて部屋を出た。諏訪の姿が既にエレバーターの近くまで行っていた。
「何か悪かったようね」
杏子が気まずそうな顔をしている。
「何が・・・」
「訊かなきゃよかったわね」
杏子が浮かない顔をしている。
「もう、言ってしまっことだ。仕方がないだろう」
定男も同じ様子だった。ただ、なぜか道男が哀れでならなかった。
二人は、部屋に戻ると、道男が目を瞑っていた。
その寝顔を見ているうちに、涙が込上げてきた。
(此奴も馬鹿な奴だ)とそう思った。
「さぁ、寝ているから、帰るか」
気を取り戻そうとした。
「勝子さんを待たないの」
「来るかどうかわかんらないだろう」
語気が強かった。
「それもそうね。私たちが来たことを詰め所に話して帰ろうか」
杏子は、定男の気持ちが手に取るように分かった。
二人は、心の中にもやもやしたものが残り気持ちがすっきりしなかった。
「まあ、小林さんのことは、私のほうで診ていますのでご安心ください」
机の上の電話が鳴った。諏訪は、二言三言話して電話を切ると
「そじゃ、私は、これで・・・」
諏訪は、部屋を出て行った。
二人も諏訪に続いて部屋を出た。諏訪の姿が既にエレバーターの近くまで行っていた。
「何か悪かったようね」
杏子が気まずそうな顔をしている。
「何が・・・」
「訊かなきゃよかったわね」
杏子が浮かない顔をしている。
「もう、言ってしまっことだ。仕方がないだろう」
定男も同じ様子だった。ただ、なぜか道男が哀れでならなかった。
二人は、部屋に戻ると、道男が目を瞑っていた。
その寝顔を見ているうちに、涙が込上げてきた。
(此奴も馬鹿な奴だ)とそう思った。
「さぁ、寝ているから、帰るか」
気を取り戻そうとした。
「勝子さんを待たないの」
「来るかどうかわかんらないだろう」
語気が強かった。
「それもそうね。私たちが来たことを詰め所に話して帰ろうか」
杏子は、定男の気持ちが手に取るように分かった。
二人は、心の中にもやもやしたものが残り気持ちがすっきりしなかった。
溝鼠ー238笑顔が消えた [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]
諏訪が部屋から出て行った。
少しして先ほどの看護師が戻ってきた。
「部屋の用意ができましたので、どうぞ、あちらへ」
廊下に出て右に曲がり、そのまま真っ直ぐ行って、突き当たった左側に、その部屋があった。
六畳ほどの部屋だが、古い蛍光灯が一本ついていた。その蛍光灯が古いせいか部屋の中が仄暗かった。二人が待っていると諏訪が現れた。
「いや、どうも・・・」
諏訪が椅子に腰を下ろした。
「先生は、弟が、こちらへ、運ばれたとき、すぐに分かりましたか」
諏訪が笑いながら
「いや、最初は、気が付きませんでした、カルテを見て気が付きました」、
「親子ですものね」
杏子が横からいった。
諏訪の顔から笑顔が消えた。ぷいと顔を横に向け、机の上の書類を一瞥した後、斜めになっていた書類らしきものを立て直した。
「親子といっても、私は父親の顔を知らないですから。赤ん坊で」
諏訪の態度は、すぐに先ほどの態度に戻り笑顔になった。
「親子の名乗りは・・・」
「していません。私は、諏訪家のものですから」
そっけなかった。
「そうですか、弟の家内は、知っているのでしょうか」
「さあ~、わかりません」
「何も言っていませんでしたか」
「特に何も・・・」
「知らないのかな・・・」
定男が杏子のほうを見ていった。
少しして先ほどの看護師が戻ってきた。
「部屋の用意ができましたので、どうぞ、あちらへ」
廊下に出て右に曲がり、そのまま真っ直ぐ行って、突き当たった左側に、その部屋があった。
六畳ほどの部屋だが、古い蛍光灯が一本ついていた。その蛍光灯が古いせいか部屋の中が仄暗かった。二人が待っていると諏訪が現れた。
「いや、どうも・・・」
諏訪が椅子に腰を下ろした。
「先生は、弟が、こちらへ、運ばれたとき、すぐに分かりましたか」
諏訪が笑いながら
「いや、最初は、気が付きませんでした、カルテを見て気が付きました」、
「親子ですものね」
杏子が横からいった。
諏訪の顔から笑顔が消えた。ぷいと顔を横に向け、机の上の書類を一瞥した後、斜めになっていた書類らしきものを立て直した。
「親子といっても、私は父親の顔を知らないですから。赤ん坊で」
諏訪の態度は、すぐに先ほどの態度に戻り笑顔になった。
「親子の名乗りは・・・」
「していません。私は、諏訪家のものですから」
そっけなかった。
「そうですか、弟の家内は、知っているのでしょうか」
「さあ~、わかりません」
「何も言っていませんでしたか」
「特に何も・・・」
「知らないのかな・・・」
定男が杏子のほうを見ていった。
どぶねずみ
諏訪が部屋から出て行った。
少しして先ほどの看護師が戻ってきた。
「部屋の用意ができましたので、どうぞ、あちらへ」
廊下に出て右に曲がり、そのまま真っ直ぐ行って、突き当たった左側に、その部屋があった。
六畳ほどの部屋だが、古い蛍光灯が一本ついていた。その蛍光灯が古いせいか部屋の中が仄暗かった。二人が待っていると諏訪が現れた。
「いや、どうも・・・」
諏訪が椅子に腰を下ろした。
「先生は、弟が、こちらへ、運ばれたとき、すぐに分かりましたか」
諏訪が笑いながら
「いや、最初は、気が付きませんでした、カルテを見て気が付きました」、
「親子ですものね」
杏子が横からいった。
諏訪の顔から笑顔が消えた。ぷいと顔を横に向け、机の上の書類を一瞥した後、斜めになっていた書類らしきものを立て直した。
「親子といっても、私は父親の顔を知らないですから。赤ん坊で」
諏訪の態度は、すぐに先ほどの態度に戻り笑顔になった。
「親子の名乗りは・・・」
「していません。私は、諏訪家のものですから」
そっけなかった。
「そうですか、弟の家内は、知っているのでしょうか」
「さあ~、わかりません」
「何も言っていませんでしたか」
「特に何も・・・」
「知らないのかな・・・」
定男が杏子のほうを見ていった。
少しして先ほどの看護師が戻ってきた。
「部屋の用意ができましたので、どうぞ、あちらへ」
廊下に出て右に曲がり、そのまま真っ直ぐ行って、突き当たった左側に、その部屋があった。
六畳ほどの部屋だが、古い蛍光灯が一本ついていた。その蛍光灯が古いせいか部屋の中が仄暗かった。二人が待っていると諏訪が現れた。
「いや、どうも・・・」
諏訪が椅子に腰を下ろした。
「先生は、弟が、こちらへ、運ばれたとき、すぐに分かりましたか」
諏訪が笑いながら
「いや、最初は、気が付きませんでした、カルテを見て気が付きました」、
「親子ですものね」
杏子が横からいった。
諏訪の顔から笑顔が消えた。ぷいと顔を横に向け、机の上の書類を一瞥した後、斜めになっていた書類らしきものを立て直した。
「親子といっても、私は父親の顔を知らないですから。赤ん坊で」
諏訪の態度は、すぐに先ほどの態度に戻り笑顔になった。
「親子の名乗りは・・・」
「していません。私は、諏訪家のものですから」
そっけなかった。
「そうですか、弟の家内は、知っているのでしょうか」
「さあ~、わかりません」
「何も言っていませんでしたか」
「特に何も・・・」
「知らないのかな・・・」
定男が杏子のほうを見ていった。
どぶねずみ [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]
諏訪が部屋から出て行った。
少しして先ほどの看護師が戻ってきた。
「部屋の用意ができましたので、どうぞ、あちらへ」
廊下に出て右に曲がり、そのまま真っ直ぐ行って、突き当たった左側に、その部屋があった。
六畳ほどの部屋だが、古い蛍光灯が一本ついていた。その蛍光灯が古いせいか部屋の中が仄暗かった。二人が待っていると諏訪が現れた。
「いや、どうも・・・」
諏訪が椅子に腰を下ろした。
「先生は、弟が、こちらへ、運ばれたとき、すぐに分かりましたか」
諏訪が笑いながら
「いや、最初は、気が付きませんでした、カルテを見て気が付きました」、
「親子ですものね」
杏子が横からいった。
諏訪の顔から笑顔が消えた。ぷいと顔を横に向け、机の上の書類を一瞥した後、斜めになっていた書類らしきものを立て直した。
「親子といっても、私は父親の顔を知らないですから。赤ん坊で」
諏訪の態度は、すぐに先ほどの態度に戻り笑顔になった。
「親子の名乗りは・・・」
「していません。私は、諏訪家のものですから」
そっけなかった。
「そうですか、弟の家内は、知っているのでしょうか」
「さあ~、わかりません」
「何も言っていませんでしたか」
「特に何も・・・」
「知らないのかな・・・」
定男が杏子のほうを見ていった。
少しして先ほどの看護師が戻ってきた。
「部屋の用意ができましたので、どうぞ、あちらへ」
廊下に出て右に曲がり、そのまま真っ直ぐ行って、突き当たった左側に、その部屋があった。
六畳ほどの部屋だが、古い蛍光灯が一本ついていた。その蛍光灯が古いせいか部屋の中が仄暗かった。二人が待っていると諏訪が現れた。
「いや、どうも・・・」
諏訪が椅子に腰を下ろした。
「先生は、弟が、こちらへ、運ばれたとき、すぐに分かりましたか」
諏訪が笑いながら
「いや、最初は、気が付きませんでした、カルテを見て気が付きました」、
「親子ですものね」
杏子が横からいった。
諏訪の顔から笑顔が消えた。ぷいと顔を横に向け、机の上の書類を一瞥した後、斜めになっていた書類らしきものを立て直した。
「親子といっても、私は父親の顔を知らないですから。赤ん坊で」
諏訪の態度は、すぐに先ほどの態度に戻り笑顔になった。
「親子の名乗りは・・・」
「していません。私は、諏訪家のものですから」
そっけなかった。
「そうですか、弟の家内は、知っているのでしょうか」
「さあ~、わかりません」
「何も言っていませんでしたか」
「特に何も・・・」
「知らないのかな・・・」
定男が杏子のほうを見ていった。
溝鼠ー237亡くなりました [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]
定男と杏子が、軽く頭を下げると医者もぺこんと頭を下げた。
看護師が
「ご親族の方ですか」と訊いた。
「はい」と杏子が答えた。
医者が、道男の右腕を少し持ち上げ、次に左の腕をもち上げた。
「小林さん、痛みますか」
道男が首を微かに横に動かした。
医者が頷いた。
看護師が、道男のはだけた胸元を直している。
杏子が訊いた。
「あの~、誠に失礼ですが、先生のお母様は、もしかしたら朱美さんとおっしゃいませんか」
諏訪が振り返った。
「そうです」
諏訪は、驚いた様子がなく平然としていた。
定男が微笑みながら
「やっぱりそうですか。道男の兄の定男と申します。プレートを見ましたら、先生のお名前に見覚えがありましたで・・・」
「知っています。光子さんから聞いております」
「そうですか、光子を以前からご存じで・・・」
「ええ、叔母からよく、話は聞いておりました」
「叔母というと・・・」
「母の妹の邦子です」
「ああ、そうでしたか、それでお母さんは、ご健在で・・・」
「亡くなりました。私の小さい頃に・・・」
「亡くなった・・・そうですか・・・」
「ここでは、なんですから、相談室で話しましょうか・・・」
看護師が、
「私がご案内します」
と言って部屋を出て行った。
看護師が
「ご親族の方ですか」と訊いた。
「はい」と杏子が答えた。
医者が、道男の右腕を少し持ち上げ、次に左の腕をもち上げた。
「小林さん、痛みますか」
道男が首を微かに横に動かした。
医者が頷いた。
看護師が、道男のはだけた胸元を直している。
杏子が訊いた。
「あの~、誠に失礼ですが、先生のお母様は、もしかしたら朱美さんとおっしゃいませんか」
諏訪が振り返った。
「そうです」
諏訪は、驚いた様子がなく平然としていた。
定男が微笑みながら
「やっぱりそうですか。道男の兄の定男と申します。プレートを見ましたら、先生のお名前に見覚えがありましたで・・・」
「知っています。光子さんから聞いております」
「そうですか、光子を以前からご存じで・・・」
「ええ、叔母からよく、話は聞いておりました」
「叔母というと・・・」
「母の妹の邦子です」
「ああ、そうでしたか、それでお母さんは、ご健在で・・・」
「亡くなりました。私の小さい頃に・・・」
「亡くなった・・・そうですか・・・」
「ここでは、なんですから、相談室で話しましょうか・・・」
看護師が、
「私がご案内します」
と言って部屋を出て行った。