溝鼠-223脇の下がなんとなく [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]
勝子が二人の顔を交互に見ながら、何か納得がいかない顔をしている。光子が勝子の顔をチラリとみて
「お父さんのところへ行くんでしょ。さあ、さあ、支度して」と二人を急き立てた。
光子が椅子から立ち上がり、左脇の下に手を当て、今度は胸元から手を入れ左脇の下を触っている。
先ほどから脇の下が何となく気になっていた。思った通り、汗で下着がぐっしょりと濡れている。
寝台車の中は、蒸し暑かった。寝台券を駅の発売所で買うとき下段を申し込んだが、生憎下段も、中断も売り切れて上段しか残っていなかった。
下段からむっとするような熱い空気が上がって来る。
列車が動き出すと下段の方から紙袋やポリ袋を割く音がした。
間もなく、日本酒の匂いと一緒に裂きイカか、ししゃも燻製のような臭が漂ってきた。
さきほど、光子が上段へ上がるとき、寝台車のカーテンが少し空いていて、そこから、頭の禿げた50絡みの男の姿が見えた。
下段で一時間ほどガサゴソと音がしていたが、そのうち、高鼾が聞こえてきた。
一晩中、その異臭と蒸し暑さに、それに高鼾に悩まされながら揺れる寝台車の中で夜を明かした。
それでも、明け方近くになって、その異臭にも高鼾にも慣れたのか、知らぬ間に眠ってしまった。
目を覚ましたら明るくなっていた。額に汗がにじみ体全体がむず痒かった。
ホームに降り立ち、思い切りすがすがしい朝の空気を吸い込んだとき、なぜか生き返ったような気持ちになった。
「お母さん、下着を貸して頂だい。脇の下がびっしょり濡れているの」
「あんたに、合うような下着があるかな・・・」
勝子が光子の首から下を眺めている。
「なんでもいいの、着たらわかるしょ」
「お母さんと同じ体形でしょ。お母さん、何か出してあげなさい」
道子が傍でいった。
「お父さんのところへ行くんでしょ。さあ、さあ、支度して」と二人を急き立てた。
光子が椅子から立ち上がり、左脇の下に手を当て、今度は胸元から手を入れ左脇の下を触っている。
先ほどから脇の下が何となく気になっていた。思った通り、汗で下着がぐっしょりと濡れている。
寝台車の中は、蒸し暑かった。寝台券を駅の発売所で買うとき下段を申し込んだが、生憎下段も、中断も売り切れて上段しか残っていなかった。
下段からむっとするような熱い空気が上がって来る。
列車が動き出すと下段の方から紙袋やポリ袋を割く音がした。
間もなく、日本酒の匂いと一緒に裂きイカか、ししゃも燻製のような臭が漂ってきた。
さきほど、光子が上段へ上がるとき、寝台車のカーテンが少し空いていて、そこから、頭の禿げた50絡みの男の姿が見えた。
下段で一時間ほどガサゴソと音がしていたが、そのうち、高鼾が聞こえてきた。
一晩中、その異臭と蒸し暑さに、それに高鼾に悩まされながら揺れる寝台車の中で夜を明かした。
それでも、明け方近くになって、その異臭にも高鼾にも慣れたのか、知らぬ間に眠ってしまった。
目を覚ましたら明るくなっていた。額に汗がにじみ体全体がむず痒かった。
ホームに降り立ち、思い切りすがすがしい朝の空気を吸い込んだとき、なぜか生き返ったような気持ちになった。
「お母さん、下着を貸して頂だい。脇の下がびっしょり濡れているの」
「あんたに、合うような下着があるかな・・・」
勝子が光子の首から下を眺めている。
「なんでもいいの、着たらわかるしょ」
「お母さんと同じ体形でしょ。お母さん、何か出してあげなさい」
道子が傍でいった。
溝鼠ー222端から話にならないと [現代小説ー灯篭花ほおずき)]
勝子が困り顔をでいる。
「佳代子の気持ちも考えずに、自分で勝手に決めといて、そうならなかったからって、頭にきたなんって、そんなのナンセンスでしょ。そう思わない」
そういって光子が、鼻で笑った。
「はっきりと、佳代子に、お前にこの家を継いで欲しいといったの」
道子も、少し苛立ちながら勝子に訊いた
「特に何も・・・」
「それじゃ何もいうことないしょ。逆に佳代子が可哀想でしょ」
光子も口を尖らせながら勝子にいった。
「お父さんは、正式に、佳代子に、この家の後を継ぐのはお前だといっていないのね」
道子が念を押した。
「詳しいことは分かんないよ。なんか、そこらへんが有耶無耶なんだよね」
「お父さんが、はっきりといわなから、こういうことなんるだよ。佳代子は、何も悪くない。そうでしょ。お母さん」
光子がいった。
「うん、そう思うだけどね。ただ、二人だけで何か話し合ったのかもしれないしょ・・・」
「それは、確証がないんでしょ・・・」
「ないけどさ、いつも、ここで佳代子が居る時に、お父さんは酒を飲みながら佳代子にお前がこの家を継ぐんだといっていたから・・・」
「いつも、酔っぱらっていってたんでしょ」
道子がいった。
「そんな話は、無効でしょ」
光子は、端から話にならないといった様子だ。
「お父さん、その時、本気だったと思うよ。酒だってそんなに飲んでいなかったし」
道男を庇うかの様にいった。
「その時、佳代子、何んっていたのさ」
光子が勝子に尻を向けて持ってきたトートバックの中から菓子折りらしきものを取り出した。
「わかりましたって」
「そういったの・・・」
光子が菓子折りらしきもの持ったまま勝子の顔をじっと見詰めている。
「佳代子、スナックに勤めていたんでしょ。日頃、酔ったお客さんの扱い方に慣れているから、それと同じように適当に返事をしたじゃないの。それを本気にしちゃってさ」
道子がいった。
「馬鹿みたい」
光子が笑いながら聴いてられないといった顔をして菓子折りらしきものをテーブルの上に置きながら
「すべて、お父さんの得手勝手なんだわ」
と光子がいった。
「佳代子の気持ちも考えずに、自分で勝手に決めといて、そうならなかったからって、頭にきたなんって、そんなのナンセンスでしょ。そう思わない」
そういって光子が、鼻で笑った。
「はっきりと、佳代子に、お前にこの家を継いで欲しいといったの」
道子も、少し苛立ちながら勝子に訊いた
「特に何も・・・」
「それじゃ何もいうことないしょ。逆に佳代子が可哀想でしょ」
光子も口を尖らせながら勝子にいった。
「お父さんは、正式に、佳代子に、この家の後を継ぐのはお前だといっていないのね」
道子が念を押した。
「詳しいことは分かんないよ。なんか、そこらへんが有耶無耶なんだよね」
「お父さんが、はっきりといわなから、こういうことなんるだよ。佳代子は、何も悪くない。そうでしょ。お母さん」
光子がいった。
「うん、そう思うだけどね。ただ、二人だけで何か話し合ったのかもしれないしょ・・・」
「それは、確証がないんでしょ・・・」
「ないけどさ、いつも、ここで佳代子が居る時に、お父さんは酒を飲みながら佳代子にお前がこの家を継ぐんだといっていたから・・・」
「いつも、酔っぱらっていってたんでしょ」
道子がいった。
「そんな話は、無効でしょ」
光子は、端から話にならないといった様子だ。
「お父さん、その時、本気だったと思うよ。酒だってそんなに飲んでいなかったし」
道男を庇うかの様にいった。
「その時、佳代子、何んっていたのさ」
光子が勝子に尻を向けて持ってきたトートバックの中から菓子折りらしきものを取り出した。
「わかりましたって」
「そういったの・・・」
光子が菓子折りらしきもの持ったまま勝子の顔をじっと見詰めている。
「佳代子、スナックに勤めていたんでしょ。日頃、酔ったお客さんの扱い方に慣れているから、それと同じように適当に返事をしたじゃないの。それを本気にしちゃってさ」
道子がいった。
「馬鹿みたい」
光子が笑いながら聴いてられないといった顔をして菓子折りらしきものをテーブルの上に置きながら
「すべて、お父さんの得手勝手なんだわ」
と光子がいった。
溝鼠ー221得て勝手だ [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]
確かに道男は、高いところが苦手だった。これもモトに似ていると勝子は思った。
その日は、朝からどんより曇り、それに強い風が吹いていた。朝のテレビの天気予報では、一日中烈風が吹くといっていた。
光子がタクシーで11時頃に到着した。勝子に似ていて小柄だが太っている。尻周りが大きくでっぷりと太っている。その体を揺さぶりながら
「風が強いね。まるで台風並みだね」
といいながら光子が入って来た。
着くなり水を飲ませてくれといって道子に頼んだ。
道男がいつも座る長椅子に腰を掛け胸元から取り出したガーゼハンカチで顔を拭った。
「なんかすごく蒸すね。いつもこうなのかい」
そういいながら、道子が持ってきたコップの水を一気に飲み干した。
「のどが渇くの。今日、暑くない」
そういって着ている薄手のパープル色のカーデガンを脱いだ。
「それで、お父さん、どうしたのさ。脳梗塞だって」
手に丸めて持っていたガーゼハンカチで口の周りを拭きながら勝子に訊いた。
「中ったんだって」道子がいった。
「また、酔っぱらって怒鳴り声を出したんでしょ」
「そうじゃないの」
勝子は、これまでの佳代子のことを話して聞かせた。
「佳代子、そんな子じゃないしょ」
「お父さん、あまりにも佳代子に期待をかけすぎて、なんだか裏切られたような感じになんたんでしょ」
「それで頭に来たの」
「佳代子に男がいたのがショックだった見たい」
道子がいった。
「いたっていいでしょ。歳なんだから・・・何が悪いの」
「悪いことないけどさ。お父さんにしてみたら、考えてもいないことだったじゃないの」
「馬鹿みたい・・・そういう考えが得て勝手だというの」
その日は、朝からどんより曇り、それに強い風が吹いていた。朝のテレビの天気予報では、一日中烈風が吹くといっていた。
光子がタクシーで11時頃に到着した。勝子に似ていて小柄だが太っている。尻周りが大きくでっぷりと太っている。その体を揺さぶりながら
「風が強いね。まるで台風並みだね」
といいながら光子が入って来た。
着くなり水を飲ませてくれといって道子に頼んだ。
道男がいつも座る長椅子に腰を掛け胸元から取り出したガーゼハンカチで顔を拭った。
「なんかすごく蒸すね。いつもこうなのかい」
そういいながら、道子が持ってきたコップの水を一気に飲み干した。
「のどが渇くの。今日、暑くない」
そういって着ている薄手のパープル色のカーデガンを脱いだ。
「それで、お父さん、どうしたのさ。脳梗塞だって」
手に丸めて持っていたガーゼハンカチで口の周りを拭きながら勝子に訊いた。
「中ったんだって」道子がいった。
「また、酔っぱらって怒鳴り声を出したんでしょ」
「そうじゃないの」
勝子は、これまでの佳代子のことを話して聞かせた。
「佳代子、そんな子じゃないしょ」
「お父さん、あまりにも佳代子に期待をかけすぎて、なんだか裏切られたような感じになんたんでしょ」
「それで頭に来たの」
「佳代子に男がいたのがショックだった見たい」
道子がいった。
「いたっていいでしょ。歳なんだから・・・何が悪いの」
「悪いことないけどさ。お父さんにしてみたら、考えてもいないことだったじゃないの」
「馬鹿みたい・・・そういう考えが得て勝手だというの」
溝鼠-220誰に似ているんだろうか [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]
その日は3時間ほど道男の傍にいてから病院をでた。二人は、スパーにより昼と夜の弁当を買って家に戻った。
家に戻ってからも、もっぱら道男の話よりも主治医の話になった。
道子は、主治医の後姿があまりにも道男の後姿にそっくりなので何となく薄気味悪かった。
「あの先生、それにしても、お父さんに似てるね」
道子がいった。
「何処ら見ても他人だと思えないね」
勝子が首を傾げた。
「お父さんの兄弟だって3人でしょ。もしかしたら、久仁子さんの孫かもしれないね・・・」
勝子が、食べている弁当の箸を止め
「孫ってあんなに似るもんかい」
そういって道子の目を見た。
「違うだろうか・・・」
二人は互いに首を傾げ乍らその夜は、風呂に入って寝た。
翌日、朝の8時過ぎに光子から電話入った。寝台特急で着いたところだという。
「飛行機で来れば楽なのにね・・・」
「光子は、飛行機が嫌いなの。高所恐怖所だから」
「子供のころからなの」
「そう、小さい頃に向かいの公園で欅の木に登り下りることができないで、それこそ気が狂ったかのようして泣き叫んだことがあるの」
「どうしたの・・・」
「その声がここまで聞こえて、私が飛んで行って助けたさ」
「そんなことあったの」
「それ以来、高いところが駄目なの」
「誰に似てるんだろか・・・」
「お父さんかもしれないよ。だって、庭のあの木だって登ることができないんで、伸び放題になって、すごいしょ」
勝子が庭から見えるナナカマドの木を見ながらいった。
家に戻ってからも、もっぱら道男の話よりも主治医の話になった。
道子は、主治医の後姿があまりにも道男の後姿にそっくりなので何となく薄気味悪かった。
「あの先生、それにしても、お父さんに似てるね」
道子がいった。
「何処ら見ても他人だと思えないね」
勝子が首を傾げた。
「お父さんの兄弟だって3人でしょ。もしかしたら、久仁子さんの孫かもしれないね・・・」
勝子が、食べている弁当の箸を止め
「孫ってあんなに似るもんかい」
そういって道子の目を見た。
「違うだろうか・・・」
二人は互いに首を傾げ乍らその夜は、風呂に入って寝た。
翌日、朝の8時過ぎに光子から電話入った。寝台特急で着いたところだという。
「飛行機で来れば楽なのにね・・・」
「光子は、飛行機が嫌いなの。高所恐怖所だから」
「子供のころからなの」
「そう、小さい頃に向かいの公園で欅の木に登り下りることができないで、それこそ気が狂ったかのようして泣き叫んだことがあるの」
「どうしたの・・・」
「その声がここまで聞こえて、私が飛んで行って助けたさ」
「そんなことあったの」
「それ以来、高いところが駄目なの」
「誰に似てるんだろか・・・」
「お父さんかもしれないよ。だって、庭のあの木だって登ることができないんで、伸び放題になって、すごいしょ」
勝子が庭から見えるナナカマドの木を見ながらいった。
溝鼠ー219 お父さんの声に [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]
光子の夫は、旅行会社に勤めている。これまでに道内の4支店を転勤している。女の子が一人いて既に社会人になっている。
光子は、4人姉妹の長女で道子と二歳違いである。
午前10時ごろ主治医が看護師を一人連れて回診で来た。
ベッドの傍へ行き道男に声を掛けた。
「小林さん」
そういって道男の肩に軽く手を置き小さく揺すった。
道男が目を開けた。
「大丈夫だよ・・・心配ないから」
そういって道男に笑顔を見せた。
道男がじっと主治医の顔を見ている。
「諏訪先生だよ。昨日、診てくれた」
勝子が大きな声でいった。
道男が主治医の顔をじっと見ている。
(諏訪先生)
勝子の言葉が、単なる音として耳に入ってくる。
(諏訪・・・)
何のことかわからない。
しかし、頭の隅のほうで、一瞬、聞いたことのある音だと感じたが、瞬時に消えた。
「やはり、話すことは、無理なんでしょうか」勝子が訊いた。
「リハビリーの先生を紹介しますんで、安心してください」
主治医の話す言葉―音質が道男の声に似ている。
勝子が諏訪の顔をじっと見詰めている。
主治医は、道男の顔色をみている。
道男も目を大きく見開き食い入るように諏訪の顔を見詰めている。
「お母さん・・・」
道子が傍からトンと突っついた。勝子がハッと気が付き
「ああ、・・・はい」と慌てて答えた。
「また、あとから来てみます」
主治医が部屋から出て行った。
「他人の空似かしら・・・」
道子がいった。
「何が・・・」
勝子が目を輝かせ「あんたも」といった顔で道子を見た。
「先生の声、どこかで聞いたことない」
「あんたもそう思う」
道子が頷きながら
「お父さんの声に似ていない」
道子も興奮している。目を大きく見開き鼻の穴を大きく広げている。
「そうでしょ。私もそう思った」
「しかし、そんなことないよね」
道子が廊下に出て行った主治医の後姿を見ている。
「先生の後ろ姿、見て」
道子が早口でいった。
勝子が廊下へ出た。
医者は廊下を曲がったところだった。
光子は、4人姉妹の長女で道子と二歳違いである。
午前10時ごろ主治医が看護師を一人連れて回診で来た。
ベッドの傍へ行き道男に声を掛けた。
「小林さん」
そういって道男の肩に軽く手を置き小さく揺すった。
道男が目を開けた。
「大丈夫だよ・・・心配ないから」
そういって道男に笑顔を見せた。
道男がじっと主治医の顔を見ている。
「諏訪先生だよ。昨日、診てくれた」
勝子が大きな声でいった。
道男が主治医の顔をじっと見ている。
(諏訪先生)
勝子の言葉が、単なる音として耳に入ってくる。
(諏訪・・・)
何のことかわからない。
しかし、頭の隅のほうで、一瞬、聞いたことのある音だと感じたが、瞬時に消えた。
「やはり、話すことは、無理なんでしょうか」勝子が訊いた。
「リハビリーの先生を紹介しますんで、安心してください」
主治医の話す言葉―音質が道男の声に似ている。
勝子が諏訪の顔をじっと見詰めている。
主治医は、道男の顔色をみている。
道男も目を大きく見開き食い入るように諏訪の顔を見詰めている。
「お母さん・・・」
道子が傍からトンと突っついた。勝子がハッと気が付き
「ああ、・・・はい」と慌てて答えた。
「また、あとから来てみます」
主治医が部屋から出て行った。
「他人の空似かしら・・・」
道子がいった。
「何が・・・」
勝子が目を輝かせ「あんたも」といった顔で道子を見た。
「先生の声、どこかで聞いたことない」
「あんたもそう思う」
道子が頷きながら
「お父さんの声に似ていない」
道子も興奮している。目を大きく見開き鼻の穴を大きく広げている。
「そうでしょ。私もそう思った」
「しかし、そんなことないよね」
道子が廊下に出て行った主治医の後姿を見ている。
「先生の後ろ姿、見て」
道子が早口でいった。
勝子が廊下へ出た。
医者は廊下を曲がったところだった。