亡魂-28どんぶり一杯の水を

「平成15年の2月でした」
「それじゃ、そのころの新聞に載ったでしょうね」
「道央新聞に載りました」
幸一は、新聞記事の切り抜きを見たら、詳細に分かるだろうと思った。
「ああ、それから霊がとんぶり一杯の水を一気に飲み干しましたよ。よっぽど水が飲みたかったのだろうと思いますが・・・」
「ああ、そうですか。水をね。いや、早速、祀ります」
芳次郎は、小さくぺこりと頭を下げた。
幸一と昭三は、芳次郎の家を出た。
戻ってから久米島に話しをすると、久米島は、一般的な自動車事故だと思うといった。しかし、幸一には、どうも気になるところがあった。それで久米島に
平成15年2月某日の新聞の切り抜きを探して欲しいと話した。
「あるかどうかわかりませんが、調べてみます。なければ警察へ行って調べてみます」
久米島は、早速、取り掛かった。
道央新聞社の支局が、隣町に既に開設されていた。久米島は、電話を入れてみた。本社は旭川市で拠点ごとに支局を置いている。隣町である炭川市に元川市を管轄にしている支局があった。
時々、元川市の警察で顔を合わせる工藤一郎に電話を入れた。

nice!(0)  コメント(0) 

亡魂ー27真面目一辺倒だった男が

芳次郎は、眉を顰め頷きながら
「恒子にとって守は、初めての子供で、それは大変な可愛がりようでした。傍から見ていて、思わずこちらも自然と微笑みがこぼれ幸せな気持ちにさせられました」
「よっぽど、可愛かったのでしょうね。それじゃ、旦那さんも、さぞかし、悔しかったでしょうね」
「ええ、恒子が亡くなってから、真面目一辺倒だった男が、まるで別人になったかのように、毎晩のように歓楽街へ出掛け、酒浸りになって明け方近くに帰ってくるという乱れた生活を繰り返しておりました。辺りのものは、慰めようがなく、ただなすが儘にしておりました」
「気の毒なことです。その恒子さんが、霊となって表れたのでしょうね」
幸一が芳次郎の顔を覗き込むようにしていった。
「そうかもしれません。恒子も悔しかったのでしょう」
「パタパタという音は、恒子さんだと思いますが、カタカタは、子供さんかもしれませんね。何歳でしたか」
「丁度、満一歳になろうとしていました」
「それじゃ、伝い歩きが出来るころですね」
「ああ、そうでしょうね」
「それじゃ、カタカタはその子供さんが、立ち上がり襖か障子に掴まり揺らしていた音でしょうか」
「はっきりしたことは分かりませんが、そう言えるかもしれません」
「ただ、仏さんが、非常に悔しい思いをしておりましたので、何か他に原因があるのではないかと思いまして・・・」
「何せ39歳という若さで亡くなりましたので、よっぽど悔しかったのだと思います」
幸一は芳次郎の話を食い入るように聞いていた。
「事故だったから、新聞報道されたでしょう」
「ええ、隅の方に小さく載っておりました」
「何年頃のことですか」

nice!(0)  コメント(0) 

亡魂ー26 佛坂峠で

幸一は、芳次郎にこれまでの経緯を語った。芳次郎は、信じがたいという顔で聞いていたが、時々眉を顰めたり、首を少し傾げたりしていたが、幸一が、あまりにも熱心に話をするので耳を傾け始めた。
昭三は、幸一が話をしている間、それとなく部屋を見回した。確か仏壇があるはずだがそれがない。不思議だと思いながら幸一の話を聞いていた。
幸一が一通り話を終えると茶を一口飲んだ。
「仏壇がありませんね」昭三が訊いた。
「ああ、仏壇は、未だ、引っ越して来たばかりなので、梱包したまま、そのままにしております」
「何方が、亡くなっているのですか」
「先祖代々にそれに私の家内と、私の妹とその子を祭っております」
「誰か、不運な死に方をした方がいらっしゃいますか」幸一が訊いた。
「妹の恒子が、若くして事故で亡くなっております」
「お幾つで・・・」
「39歳でした」
「ああ、それは、お気の毒なことです」
「それに、恒子の子供も一緒です」
「子供さんも一緒ですか」
「ええ、まだ生まれて間もない子で守といいます」
「どのような事故で・・・」
「自動車事故です。歌見川から元川市に来る途中、山越えしなければならないでしょ」
「佛坂峠ですか・・・」
「そうです。あそこで事故に遭い、亡くなりました」
「車は、自分で運転してのことですか」
「いや、従弟が運転しておりました」
「亡くなったのは、三名ですか」
「従弟と恒子に子供の守の3人です。二月で、その日は、天候が悪く、三日ほど猛吹雪が続き、峠は何度か通行止めになりました。当日は、久し振りに晴れ間がのぞいたので通行止めが解除されて、それで峠を越えたらしいです」
「スリップか何かで・・」
「そうです。警察では、スリップによる事故だと話していました」
「スリップですか・・・」
「そうだそうです。道路からはみだし崖下に転落していたそうです」
「それじゃ、即死ですね」
「だと思います」

nice!(0)  コメント(0) 

亡魂ー25 10時に会うことにした

幸一は、ヨネの口から出た「悔しい」という言葉が気になった。あの悔しさは、普通でない。よっぽどのことが、生前にあったのだろう。
そのわけを知りたかった。
「是非、訊いてみたいですね。連絡が取れますか」
「すぐ前の店の裏側ですから、行って訊いてみますか。その方がはっきりするんじゃないですか」
以前、ここに住んでいたのは、国川芳次郎といって、温厚で話がよく分かる人だ。6年間ほど町内会長を務めた人でもある。年齢は、既に70歳を超えており、奥さんが、64歳で亡くなっていた。
川村昭三が電話を入れると明日は、居るという。10時に会うことにして電話を切った。
翌日、幸一と昭三が二人で国川芳次郎の家を訪ねた。建物は、平屋の木造モルタル造りで、未だ建って間もないのか、壁も屋根も真新しい。玄関の屋根は、三角屋根だった。引き違い戸を開けて入ると芳次郎の息子の妻である恵理子が出てきた。
川村昭三の顔を見ると、笑顔で軽く頭を下げた。
「久し振りです。皆さんお元気ですか」
昭三がそういって笑顔で恵理子に挨拶をした。
「今日伺ったのは、爺さんにちょっと聞きたいことがあってきました。居りますか」
「はい、居ります。さあ、上がってください」
部屋に入ると六畳二間に四畳半が一間あった。その四畳半に芳次郎が座布団に座り釣り竿の手入れをしていた。


nice!(0)  コメント(0) 

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。