溝鼠ー216脳卒中です [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]

二階のナースステーションの隣の集中治療室へ入った。
勝子と道子は、別のエレベータで2階へ上がった。
集中治療室の前で長椅子に座り待っていると中から看護師が出てきた。
「小林です」とその看護師にいうと
「あ、小林さん、先生が来ましたらお知らせします」
そういってナースステーションの中へ入って行った。
そう言われてから30分ほど経ったが、なかなか医者が現れない。しびれを切らした道子が
「聞いてこようか」そう言って腰を上げた。
窓口へ行くと急患が入ってそちらの方へ行っているという。
二人は、終わるまで待つように言われた。
それから1時間ほどしてやっと医者が現れた。
看護師に案内され集中治療室と併設している小部屋に案内された。
部屋に入ると椅子に腰かけ腕組みをして両足を投げ出し、じっとパソコンの画面を見るというより睨んでいる男がいる。恐らく担当医であろう。
看護師に椅子に座るように促されて座ると、医者が椅子を回して二人の方を向いた。
「諏訪です。よろしく」
そういって軽く頭を下げた。
二人は、丁寧に頭を下げた。
「CTの検査をしたんですが、脳卒中です」
道子が、やっぱりそうかという顔で頷いた。
勝子が道子の顔を見た。
「話は出来るんでしょうか」
道子が、不安そうな顔で訊いた。
「難しいです。リハビリーを重ねて回復した人もおりますが、本人次第です」
「そうですか・・・」
勝子が残念そうに言った。
「明日は、一般病棟へ入ってもらいますので、その時、本人に会えますから」
二人は、主治医に挨拶をして病院を出た。

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溝鼠-215 テーブルに頭を [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]

「どうしたのさ・・・」
道子が取るものも取り敢ず駆けつけたのだろう。防寒コートの下にエプロンを着けたままである。
「お父さん倒れちゃってさ」
勝子が佳代子の顔を見るなり半分泣きだしそうな顔でいった。
「倒れたのは分かるけどさ・・・」
勝子は、道男が倒れるまでの経緯を道子に話した。
「血圧じゃないの・・・」
「そうかもしれない。薬を貰ってるのに飲まない日が多かったから」
「お酒ばかり飲んでるからさ」
道子が渋い顔をした。
勝子は、俯きながら自分にも責任があると思った。
「佳代子も勝手だね」
道子が、勝子の大きな背中をさすりながらいった。
「お父さんはね、あんまりにも佳代子に期待を掛けすぎたんだよ。佳代子だって、この家を継ぐつもりで生まれてきたんじゃないんだから」
勝子が宙を見詰めながら考え深げにいった。
一般の待合室とは違って閑散としている。
手術中の表示プレートが赤く点っている。
「入ってどのくらい経ったの」
「そうだね・・・、一時間以上は経ってるよ」
「長いね・・・まさか、脳卒中じゃないよね」
道子が勝子の顔を覗き込んだ。
勝子が小首を傾げた。
「話せるんだろうか」
勝子が、それに答えずに赤色表示灯をじっと見詰めている。
「お父さんが、倒れたところを見たんでしょ」
勝子が頷いた。
「テーブルに頭を打ち付けたんだろうか」
「立ち上がろうとして、そのまま前のめりでテーブルに突っ込んで行ったの」
「そしたら、テーブルのガラス割れたしょ」
「割れたかもしれない」
「見てないの・・・」
「そんなところじゃなかったの。救急車を呼ぶのに精一杯で・・・」
道子が頷いた。
手術室のドアが開いた。
看護師が出てきた。その後ろからストレッチャーに乗せられた道男が出てきた。

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溝鼠ー214咄嗟に119番だと [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]

あっと勝子が声を上げ道男のところへ走り寄った。
声を掛けたが返事がない。死んだんだろか。抱き起こそうとしたが、勝子の力では起こせない。何度も声を掛けたが返事がない。
咄嗟に119番だと思った。
勝子は、よろけそうになりながら電話機の傍まで行き受話器を取った。
ダイヤルボタンをを押そうとしたが、指が震え、それにダイヤルボタンの数字が確認できない。落ち着け、落ち着けと何度も自分自身に言い聞かせながら目を大きく見開き二回深呼吸をした。
ダイヤルボタンの数字の位置がかろうじて見えてきた。
119番へ電話を入れた。
自宅の住所を訊かれたが直ぐに出てこない。
しどろもどろになりながらやっと答えることができた。
道男を見ると先ほどと同じ格好で横たわっている。声を掛けたが反応がない。
どうしようか。そうだ、道子だ。
道子の電話番号が分からない。普段ならあっさりと出てくるのに頭から出てこない。
電話台の二段目に置いてあるノートを引っ張り出して電話を入れた。
救急車が遅い。台所の窓から外を覗いてみたが、救急車が見えない。いらいらしていると遠くの方からサイレンの音が近づいてくるのが分かった。
救急車が到着した。
二人の救急隊員が道男と勝子を車に乗せてH医科大学病院へ直行した。
急患用の入り口から入り道男は直ぐに手術室へ、勝子は待合室へ通された。
長椅子に一人で座っていると看護師が書類を持ってきた。書類に記入してくださいという。
勝子は、気が動転し看護師の説明することが、よく呑み込めない。
記入の必要な場所を鉛筆で囲ってくれた。そこへ記入するよにとのことだ。
名前と年齢、それに、覚えている範囲でいいから過去の病歴を記入して下さいといわれたが病歴が分からない。
それで、道男の名前と住所と電話番号だけ記入した。
勝子は、長椅子に座っていたが落ち着かなかった。
一時間ほどして道子が来た。

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溝鼠ー頭から突っ込んだ [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]

道男が、封書を手に取った。
表書きを見ると自分の名前と勝子の名前が書いてある。
裏を返すと佳代子からの手紙だった。
「これどうしたんだ・・・」
道男が手紙を勝子に突き付けた。
「ああ、それ・・・」
勝子は、手紙を差し出されて一瞬動揺した。
勝子は、わざと道男にわかるようにサイドボードの中へ佳代子の手紙を置いたのだ。
日が経つにつれ、道男に直接手紙を渡しづらくなっていた。
それで、サイドボードの中へ仕舞い渡し損ねてしまったかのように見せ掛けたのだ。
勝子も自分でサイドボード中へ手紙を置いておきながら忘れていた。それが、今、突然、発見されて面食らった。
(見付けたか)と勝子は、腹の中で思った
「先日着ていたんだけどさ、渡そうと思って忘れていたの」
「何って書いてあるんだ」
「読んでみて・・・」
「読んだんだろう」
勝子が目を白黒させながら
「元気にしているってさ・・・」
「そんなこと訊いてるんじゃない。今、何処にいるんだ」
「何処って・・・東京だって」
「東京・・・」
道男が目を剥いてじろりと勝子を見た。
「何やってんだ東京で・・・」
道男の声が大きくなった。
「知らないけど・・・」
「一人か・・・」
勝子は間髪を入れずにいった。
「彼氏と・・・」
勝子の声も大きくなった。
道男の顔色が変わった。
「彼氏って誰だ」
「知らないよ」
道男の形相が変わった。
小林家の先祖を祭り供養を行ってゆくのは、佳代子と決めていた。それが勝手なことをしでかしたかと思うと腸が煮えくり返った。
眉間に皺が寄り、目を剥き、その目はたちまち真っ赤になり、体は、ぶるぶると震えだした。
勝子は、その様子をじっと見ていた。
未だかって道男のこのような形相を見たことがなかった。
「馬鹿者。何が彼氏だ」
叫ぶような声が家中に轟いた。
道男が、ソフアから立ち上がろうとして前のめりになりローテーブルへ頭から突っ込んだ。
そのまま意識を失った。

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溝鼠ー212グリーン色の缶の上に [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]

「久仁子さん、仏壇に手を合わせないで帰ったね」
ソフアーに寝転がっている道男に勝子がいった。
道男が、新聞を広げて読んでいる。暫くしてから道男が言った。
「来たくなかったんだろう」
「どうしてさ・・・」
「知らねえ」
「お兄さん、なんか言ったんだろうか」
道男は無言でいる。
「たいてなら、ここへ来てさ、仏壇に手を合わせて帰るよね」
勝子が、ピーナッツの殻を口から出して、目の前の皿に入れた。
「彼奴が行くなっていったんでねえか」
「彼奴って・・・お兄さん」
「決まってるべや、彼奴に」
「そうかもね・・・」
道男は、久仁子が相続財産についての話を持ち出さないで帰ったので密かに胸を撫で下ろしていた。
兄弟3人が集まったら、モトが死んだときの遺産相続についての話が必ず出るだろうと思っていた。しかし、その話が出なかった。というよりも、その機会を道男が与えなかった。
何とか切り抜けることができた。道男は、心の中でほくそ笑んでいた。
「婆ちゃん、あの状態なら、もう危ないと思うだろうね。そしたら死んだときの遺産相続の話が出てもよさそうなもんだけど出なかったね」
道男が、勝子の言葉が胸にぐさりと刺さった。その瞬間、ソフアーから飛び起きた。
勝子も同じことを考えていたんだ。そのことに驚いた。以心伝心か、それとも似た者同士か。
道男がソフアーからがばと起き上がった。その姿を見て、勝子が驚いたのか、ピーナッツを口に銜えたまま呆然としている。
道男は、起き上がったが、暫し何も言えなかった。
ベランダから外の景色が見える。

雪の降る前に3本の白竹で背丈が1.5メートルほどのはまなすの木を冬囲いした。そのはまなすから出ている小枝が、雪で蔽われている。しかし、幹は捩れ裸のままで棘がむきだしになっている。敵を寄せ付けないといった立ち姿だ。
道男は、その姿をじっと眺めていたが、暫くして、サイドボードの扉を開けウィスキーのボトルを取り出した。
扉を開けるとき、いつもなら右側から開けるが、左側から開けた。見慣れないものが入っていた。
グリーン色の缶の上に一通の封書が乗っていた。

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