溝鼠ー212グリーン色の缶の上に [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]

「久仁子さん、仏壇に手を合わせないで帰ったね」
ソフアーに寝転がっている道男に勝子がいった。
道男が、新聞を広げて読んでいる。暫くしてから道男が言った。
「来たくなかったんだろう」
「どうしてさ・・・」
「知らねえ」
「お兄さん、なんか言ったんだろうか」
道男は無言でいる。
「たいてなら、ここへ来てさ、仏壇に手を合わせて帰るよね」
勝子が、ピーナッツの殻を口から出して、目の前の皿に入れた。
「彼奴が行くなっていったんでねえか」
「彼奴って・・・お兄さん」
「決まってるべや、彼奴に」
「そうかもね・・・」
道男は、久仁子が相続財産についての話を持ち出さないで帰ったので密かに胸を撫で下ろしていた。
兄弟3人が集まったら、モトが死んだときの遺産相続についての話が必ず出るだろうと思っていた。しかし、その話が出なかった。というよりも、その機会を道男が与えなかった。
何とか切り抜けることができた。道男は、心の中でほくそ笑んでいた。
「婆ちゃん、あの状態なら、もう危ないと思うだろうね。そしたら死んだときの遺産相続の話が出てもよさそうなもんだけど出なかったね」
道男が、勝子の言葉が胸にぐさりと刺さった。その瞬間、ソフアーから飛び起きた。
勝子も同じことを考えていたんだ。そのことに驚いた。以心伝心か、それとも似た者同士か。
道男がソフアーからがばと起き上がった。その姿を見て、勝子が驚いたのか、ピーナッツを口に銜えたまま呆然としている。
道男は、起き上がったが、暫し何も言えなかった。
ベランダから外の景色が見える。

雪の降る前に3本の白竹で背丈が1.5メートルほどのはまなすの木を冬囲いした。そのはまなすから出ている小枝が、雪で蔽われている。しかし、幹は捩れ裸のままで棘がむきだしになっている。敵を寄せ付けないといった立ち姿だ。
道男は、その姿をじっと眺めていたが、暫くして、サイドボードの扉を開けウィスキーのボトルを取り出した。
扉を開けるとき、いつもなら右側から開けるが、左側から開けた。見慣れないものが入っていた。
グリーン色の缶の上に一通の封書が乗っていた。

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