溝鼠-211両手で確りと [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]

定男がいつもの様に家を出てバスに乗り地下鉄に乗り換え更にバスに乗りモトの入院先へ行った。
毎日のように雪が深々と降っている。今年は、例年になく雪が多い。雪が降るとバスがノロノロ運転だ。病院が遠くなる。それでも、病み上がりの体に鞭を打ちながらモトの病院へ通う。
モトの容態は、あまり変わらなかった。それでも、日が経つに連れ、定男が話をすると頷くようになった。
ある日、モトのベットの傍に座って顔を見ていると、突然定男に向かっていった。
「私、金がないの。金がないの」と絶え入るような声でいった。
定男は、布団の下に隠れているモトの左手を両手で確りと握り占めた。
「大丈夫だ、俺がいるから大丈夫だから、心配するな」
モトが大きく「うん、うん」と頷いた。
暫くして、安心したのか、小さく寝息を立て始めた。
定男は、回復の見込みはないと分かっている。それで、少しでもモトの気持ちが安らぐようにとモトの好きな歌手のCDやDVDを持参し枕元で聞かせている。
その時、モトは、自分の好きな歌手の声だと知って聴き耳を欹てて聴いている。
恐らく、モトは、遠い昔のことに思いを馳せながら聴いているのだろうと思った。

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