溝鼠ー218勝子の顔にどこか安堵の  [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]

そしてまた目を瞑った。
「お父さん・・・、お父さん・・・目を開けて頂だい」
道男の頭を撫でながら、勝子が真剣な目をして声を掛けている。
「やっと、気が付いたようね・・・」
道子が勝子の横から首を伸ばしながら道男の顔を覗き込んでいる。
「でも、良かったしょ。目を開けたから・・・」
勝子が小さく頷いた。
「これから、お父さんも大変だね。リハビリーが待っているから・・・」
まるでひとごとのような言い方だ。
「リハビリーを頑張ってしてくれなきゃ家族が大変だよ。あんたも困るしょ」
道子がキョトンとした顔で勝子の顔を見た。
「そうでしょ。だって、私だって、いつお父さんみたくなるか分からないっしょ。そうしたら、あんたどうするのさ」
「お父さんのことだから、きっと頑張るしょ。ねえ、お父さん」
道子が、道男の顔を見ながらいった。
昨日と違って、勝子の顔にどこか安堵の色が浮かんでいた。勝子が、いつもの勝子に戻ったようだ。
「光子が来るの遅いね。明日だろうか」
「昨日の電話では、飛んでくるようなことを言ってたけど、遠いからね。直ぐにこれないしょ・・・」
「そうだね。稚内でしょ。姉さんも大変ね。あちこち転勤して歩くから」
「今は、釧路だって」
「えっ、釧路にいるの」
「そうだよ。昨日電話したとき、そういってたよ」
「釧路なの。それじゃ、飛行機なら早いけど、列車なら一日掛かるよ」
「着くのは明日だろうさ」

nice!(0)  コメント(0) 

溝鼠-217どこかで聞いたことのある [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]

翌朝、二人は、早めに家を出た。
バスに乗り、途中で地下鉄に乗り換え、またバスに乗る。病院まで一時間30分ほどかかる。
その間、二人は、いつもより口数が少なかった。
兎に角、一命を取り留めた。不幸中の幸いだった。
二人は、互いに心の中でそう思っていた。
昨日、気が付かなかったが、病院の建物は六階建てだった。
朝、早めに到着したが、受付には、大勢の人々が順番待っていた。
病室に入ると四人部屋の一番奥に道男の姿があった。
勝子が静かにベッドの傍に行き、道男の口元に自分の耳を持って行き寝息に聞き耳を立てている。
道子が、勝子の後ろから
「ねえ、どう、生きてる」
勝子が、こくりと頷いた。
道男の頭の上にベッドプレートが掛かっている。それには、担当医 諏訪道信と書いてあった。
昨日、診てくれた医者の名前だ。体格は中肉中背で、まだ、若い医者だ。
勝子が、じっとベッドプレートを見ている。
「お母さん、どうしたの」
「うん、・・・」
勝子は。どこかで聞いたことのある名前だと思った。
「お父さん、起こさないの」
「寝かせておきなさい」
道子が、部屋の隅から折り畳み椅子を持ってきた。それに勝子が腰を下ろした。ミシと音がした。使い古された折り畳み椅子だ。重たい勝子の体をかろうじて支えている。
二人が道男の前に横並びで椅子に座り道男の顔を覗き込んでいる。
「目を覚まさないね」
「大丈夫だろうか」
「起こしえてみようか」
勝子が道男の顔を凝視している。
もし、このまま目を覚まさなかったらどうしようか。
「起こしてごらん・・・」
「お父さん。お父さん」
道子が声を掛けた。
道男がうっすらと目を開けた。
「目を開けたよ。大丈夫だわ」
勝子がそっと道男の顔を覗き込んだ。
道男がじっと勝子を見ている。
「お父さん、大丈夫だよ」
道男が天井を見上げている。
声を出そうとしたが、声が出ない。
「う・・う・・・」
「なに・・・」
勝子が、うろうろしながらどうしたいいものか道子に助けを求めた。
「お父さん・・・、大丈夫だよ。時期に良くなるから安心しなさいって」
道男がじろりと道子の顔を見てから辺りを注意深く見ている。
●218

nice!(0)  コメント(0) 

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。