溝鼠-217どこかで聞いたことのある [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]

翌朝、二人は、早めに家を出た。
バスに乗り、途中で地下鉄に乗り換え、またバスに乗る。病院まで一時間30分ほどかかる。
その間、二人は、いつもより口数が少なかった。
兎に角、一命を取り留めた。不幸中の幸いだった。
二人は、互いに心の中でそう思っていた。
昨日、気が付かなかったが、病院の建物は六階建てだった。
朝、早めに到着したが、受付には、大勢の人々が順番待っていた。
病室に入ると四人部屋の一番奥に道男の姿があった。
勝子が静かにベッドの傍に行き、道男の口元に自分の耳を持って行き寝息に聞き耳を立てている。
道子が、勝子の後ろから
「ねえ、どう、生きてる」
勝子が、こくりと頷いた。
道男の頭の上にベッドプレートが掛かっている。それには、担当医 諏訪道信と書いてあった。
昨日、診てくれた医者の名前だ。体格は中肉中背で、まだ、若い医者だ。
勝子が、じっとベッドプレートを見ている。
「お母さん、どうしたの」
「うん、・・・」
勝子は。どこかで聞いたことのある名前だと思った。
「お父さん、起こさないの」
「寝かせておきなさい」
道子が、部屋の隅から折り畳み椅子を持ってきた。それに勝子が腰を下ろした。ミシと音がした。使い古された折り畳み椅子だ。重たい勝子の体をかろうじて支えている。
二人が道男の前に横並びで椅子に座り道男の顔を覗き込んでいる。
「目を覚まさないね」
「大丈夫だろうか」
「起こしえてみようか」
勝子が道男の顔を凝視している。
もし、このまま目を覚まさなかったらどうしようか。
「起こしてごらん・・・」
「お父さん。お父さん」
道子が声を掛けた。
道男がうっすらと目を開けた。
「目を開けたよ。大丈夫だわ」
勝子がそっと道男の顔を覗き込んだ。
道男がじっと勝子を見ている。
「お父さん、大丈夫だよ」
道男が天井を見上げている。
声を出そうとしたが、声が出ない。
「う・・う・・・」
「なに・・・」
勝子が、うろうろしながらどうしたいいものか道子に助けを求めた。
「お父さん・・・、大丈夫だよ。時期に良くなるから安心しなさいって」
道男がじろりと道子の顔を見てから辺りを注意深く見ている。
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