亡魂ー11睡魔が襲ってくる」

翌日、川村昭三にそのことを話すと、首を傾げ不思議そうな顔をした。
一晩泊まってみては、どうかと話すと
「今晩、押入れに入って様子を窺ってみる」といった。
その夜は、幸一も子供たちも泊まらなかった。キネが、心配そうな顔をして幸一に話した。
「もしかしたら、幽霊かしらね」
「そんな馬鹿なことはないだろう」と幸一は、いったが、内心、もしかしたらとの気持ちもあった。
「隣の人に、無理に出て行ってもらったから、それで・・・」
「まさか・・・大丈夫だ」
「でも、気持ち悪いわね」
折角、事務所兼住宅用に改築した物件が、無用の長物になったら気の毒である。
兎に角、あの音の正体を突き止めなければならない。幸一は、そう思った。
その晩、川村昭三は、家中が、寝静まったころ、押入れの中へそっと入った
壁に耳をあてじっと待った。
押入れの中は、真っ暗である。少しすると目が慣れてきた。押入れの中には、座布団が積み重ねっている。その横には行李や茶箱がある。茶箱に背を持たせ、壁に耳をそっとあて聞き耳を立てた。しーんという音が聞こえる。
川村昭三は、小さな体を折り曲げながら中の様子を窺った。
急に眠気を模様してきた。眠るまいと一心になって頑張るが、目を開けていられない。
少しして眠ってしまったようだ。自分の鼾で目を覚ました。
何時なのか、腕に嵌めた時計を見ようとしたが、暗くて見えない。
妻の幸江や3人の子供たちは、眠っているようだ。
そっと壁に耳をあててみた。しーとしている。時々、外を走る車の音が、ゴーと聞こえる。壁に耳を当てているのも疲れる。頭を壁に付け、少しでも物音らしき気配がしたら、耳を当てようと思った。しかし、睡魔が襲ってくる。
必死になって襲ってくる睡魔と戦ったが、気が付いたら、朝だった。爆睡したようだ。

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亡魂ー10 パタ、パタと音がした

名前は、久米島進一といって、北海道の宗谷支庁管内の出身である。
一見、大雑把な性格の持ち主ように見えるが、細かいところにもよく気が付く男である。
その日に書いた原稿は、毎日、午後5時20分の列車に乗せて本社へ送る。それまでに、原稿を書き上げなければならない。
原稿の締め切り時間が迫り、思うように書けないと額と鼻の頭にうっすらと汗を掻き、それをハンカチで頻りに拭いている。
左手の一指し指と中指で挟んだたばこを頻りに口に運んでいる。
幸一は、新しい環境にも慣れ、三か町村をバイクに乗っての取材で忙しい。
キネも、ほとんど細かいものは、隣に移動させた。あとは、大きなタンスなどが残っている。
ある日のことだ。澄子がキネに
「これから、毎晩、隣の家で寝るの」と訊いた。
「そうだよ」とキネが答えると澄子が嫌な顔をした。
「どうしたの」と訊くと、夜になると
「カタカタするから、嫌だ」という。
「大丈夫。家族一緒だから心配ないよ」といったが、まだ、どことなく不安げな顔をしている。
それから、一週間ほどしてからのことだった。隣の家で幸一と幸三の二人が、寝ているので、自分も寝てみたくなったのかキクに
「私も隣で寝てみたい」といった。
キクは、澄子がいうのだからと思い、幸一に話をしたところ、本人がいうのだからいいだろうということになり、その夜泊まることになった。
その夜、3人が寝付いたころ、
「カタカタ、カタカタ」と音がした。
幸一は、心配ないと思いながらも、緊張しながら寝ていたせいか、その音に直ぐに気が付いた。
確かに聞こえる。辺りは、静けさで静まり帰っている。道路を走る車の音もしない。それなのに「カタカタ」と音がする。これは、少し違うようだと幸一は思った。
その音も耳元ではっきりと聞こえるのだ。
澄子が、幸一の布団に入ってきて、幸一の右腕にしがみ付いた。
幸一は、澄子をそっと抱き寄せた。幸三は、静かに眠っている。
少ししてから、「パタ、パタ」と音がした。これまで聞いたことがない音だった。





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亡魂ー9 前頭部を

夜の10時頃、お開きになった。幸一が、立ち上がろうとして、一瞬、足が縺れた。そのため、上体がふら付き、前のめりでガラス戸へ前頭部を打ち付けた。
「危ない・・・」と一瞬キネが声を挙げた。
幸いガラス戸の竪桟に頭を打ち付けたので、助かったが、もし、ガラスに直接頭を打ち付けていたらと思うと、キネは、ぞっとした。兎に角、大事に至らなかった。
幸一は、酔いが醒めた。
転勤してきて4か月目になる。そろそろ、疲れが出てきたのだと思った。

幸三が、暑いのか、布団を蹴って下着姿で眠っていた。幸一は、そっと布団を掛け直し、自分も横になった。先ほど打ち付けた前頭部を中指で、そっと撫でまわしてから掛け布団を胸のあたりまで引っ張り上げて目を瞑った。直ぐに鼾を掻き始めた。
その夜は、何事もなく終わった。
翌朝、目を覚まし台所の窓から見える国道に目を遣った。昨夜の川村昭三の話を思いだした。
ここは、後背湿地帯なのかと改めて思った。
家の改築は、順調に進み、完成までもう少しだった。
澄子が、相変わらず一緒に隣で寝ることを嫌がる。それで、完成するまで待つことにした。
引っ越し荷物は、キネと子供たちが小さいものを一つ一つ隣の家に、運び入れた。澄子は、キネにいわれて仕方がなく小さい物を運んだ。
幸一は、既に新しい事務所で仕事をしていた。
事務所には、幸一の他に職員が一名配置された。齢のころ26,7といったころで、独身男性である。
旭川支社からの転勤でこの支局に来た。

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亡魂-8 後背湿地帯で

気が付いたら、朝だった。昨夜から今朝まで、熟睡した。
澄子と一緒に聞いたあの音は,何であったのだろうか。考えたも分からず、やはり、家の前を走る大型トラックだったのであろうと幸一は思った。
川村昭三にそのことを話すと
「この辺一帯は、昔、田圃や畑だったので、地盤が弱く、大型トラックなどが通ると、きまって、建物が軋むので、恐らく、その音でしょう」といって笑った。
幸一は、それを聞いて納得した。
その日は、仕事に追われ、そのことを忘れていた。
その日の夕飯に昭三を呼んで、酒を酌み交わした。
「この辺は、そんなに地盤が良くないのですか・・・」
幸一が昭三にビールを勧めながら訊いた。
「昔ですが、この辺りは、石狩川が近いので、雨で川が氾濫すると、水が、この辺りまで来ていたそうです。ところが、その水が、なかなか引かなくて湿地や沼になっていたそうですよ。だから、地盤が悪いのです。その名残でしょうか」
「そうですか、目の前の道路は、国道ですよね」
「ええ、昭和の初め頃にできたそうで、北に真っ直ぐ行くと旭川へ行きます」
「すると幹線道路か・・・」
「そうです。如何せん、後背湿地帯で、向かいの商店やその隣の住宅などは、注意深く見みると左側に傾いているでしょう」
「いや、気が付かなかったが・・・」
「南側の方は、少し、地盤が良いそうです」
幸一は、川村昭三の話を頷きながら聞いていた。

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