溝鼠-215 テーブルに頭を [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]

「どうしたのさ・・・」
道子が取るものも取り敢ず駆けつけたのだろう。防寒コートの下にエプロンを着けたままである。
「お父さん倒れちゃってさ」
勝子が佳代子の顔を見るなり半分泣きだしそうな顔でいった。
「倒れたのは分かるけどさ・・・」
勝子は、道男が倒れるまでの経緯を道子に話した。
「血圧じゃないの・・・」
「そうかもしれない。薬を貰ってるのに飲まない日が多かったから」
「お酒ばかり飲んでるからさ」
道子が渋い顔をした。
勝子は、俯きながら自分にも責任があると思った。
「佳代子も勝手だね」
道子が、勝子の大きな背中をさすりながらいった。
「お父さんはね、あんまりにも佳代子に期待を掛けすぎたんだよ。佳代子だって、この家を継ぐつもりで生まれてきたんじゃないんだから」
勝子が宙を見詰めながら考え深げにいった。
一般の待合室とは違って閑散としている。
手術中の表示プレートが赤く点っている。
「入ってどのくらい経ったの」
「そうだね・・・、一時間以上は経ってるよ」
「長いね・・・まさか、脳卒中じゃないよね」
道子が勝子の顔を覗き込んだ。
勝子が小首を傾げた。
「話せるんだろうか」
勝子が、それに答えずに赤色表示灯をじっと見詰めている。
「お父さんが、倒れたところを見たんでしょ」
勝子が頷いた。
「テーブルに頭を打ち付けたんだろうか」
「立ち上がろうとして、そのまま前のめりでテーブルに突っ込んで行ったの」
「そしたら、テーブルのガラス割れたしょ」
「割れたかもしれない」
「見てないの・・・」
「そんなところじゃなかったの。救急車を呼ぶのに精一杯で・・・」
道子が頷いた。
手術室のドアが開いた。
看護師が出てきた。その後ろからストレッチャーに乗せられた道男が出てきた。

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