溝鼠ー頭から突っ込んだ [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]

道男が、封書を手に取った。
表書きを見ると自分の名前と勝子の名前が書いてある。
裏を返すと佳代子からの手紙だった。
「これどうしたんだ・・・」
道男が手紙を勝子に突き付けた。
「ああ、それ・・・」
勝子は、手紙を差し出されて一瞬動揺した。
勝子は、わざと道男にわかるようにサイドボードの中へ佳代子の手紙を置いたのだ。
日が経つにつれ、道男に直接手紙を渡しづらくなっていた。
それで、サイドボードの中へ仕舞い渡し損ねてしまったかのように見せ掛けたのだ。
勝子も自分でサイドボード中へ手紙を置いておきながら忘れていた。それが、今、突然、発見されて面食らった。
(見付けたか)と勝子は、腹の中で思った
「先日着ていたんだけどさ、渡そうと思って忘れていたの」
「何って書いてあるんだ」
「読んでみて・・・」
「読んだんだろう」
勝子が目を白黒させながら
「元気にしているってさ・・・」
「そんなこと訊いてるんじゃない。今、何処にいるんだ」
「何処って・・・東京だって」
「東京・・・」
道男が目を剥いてじろりと勝子を見た。
「何やってんだ東京で・・・」
道男の声が大きくなった。
「知らないけど・・・」
「一人か・・・」
勝子は間髪を入れずにいった。
「彼氏と・・・」
勝子の声も大きくなった。
道男の顔色が変わった。
「彼氏って誰だ」
「知らないよ」
道男の形相が変わった。
小林家の先祖を祭り供養を行ってゆくのは、佳代子と決めていた。それが勝手なことをしでかしたかと思うと腸が煮えくり返った。
眉間に皺が寄り、目を剥き、その目はたちまち真っ赤になり、体は、ぶるぶると震えだした。
勝子は、その様子をじっと見ていた。
未だかって道男のこのような形相を見たことがなかった。
「馬鹿者。何が彼氏だ」
叫ぶような声が家中に轟いた。
道男が、ソフアから立ち上がろうとして前のめりになりローテーブルへ頭から突っ込んだ。
そのまま意識を失った。

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