溝鼠ー234 面倒は自分が看る [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]

定男が、道男のことを知ったのは、相当経ってからだった。
いつもの通り、モトを見舞って家に帰って来ると玄関で杏子がいった。
「道男さんが、脳卒中で入院したんだって。さっき、勝子さんから電話があったわよ」
定男は、何も言わずに居間に入り、着ていたジャンパーをハンガーに掛け、それを鴨居に引っ掛けた。それからソフアーに腰を下ろした。
「いつ倒れたんだ・・・」
「先月だって」
「容態はどうなんだ」
「特に言ってなかったわよ」
定男が苦虫を噛みつぶしたような表情をした。
「訊けばよかったね」
杏子が申し訳なそうな顔をした。
「どうしようか・・・」
「どうしようかって・・・」
「見舞に行かなければならないわね」
定男が少し考えてから
「話せるのかな・・・」
「そこまで、勝子さんは、言わなかったし、こっちも訊かなかったわよ」
定男は、出された茶を啜りながら、肩にずっしりと重たい何かが、圧し掛かったように思えた。
杏子には聴こえなかっただろうが、定男が、ふーと息を吐いた。それから、自分に問いかけるかのようにいった。
「行くなら、いつ頃がいいかな・・・」
「早めのほうが、いいじゃない」
「そしたら、明日か・・・」
ため息とも取れるような言い方だった。
定男は行くのが億劫だった。しかし、一度は顔を出さなければならない。先延ばしにしたらなおさら億劫になる。気持ちが変わらないうちに出掛けることだと思った。
定男は、しばしの間考えていた。実際、疲れていた。一日おきのモトへの見舞いは、年齢、体力からして辛い。
重い足を引き摺りながらの老健への通いである。
幾つになっても、親がいる以上誰もが避けて通れないことだと分かっているが・・・辛い。

モトの顔が脳裏に浮かんだ。モトの病状を聞いた時、面倒は自分が看ると決めた。しかし、老健通いが、こんなにも辛いことだと思わなかった。
翌日、二人は、道男の入院している病院へ出掛けた。

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