溝鼠ー225記憶を呼び戻して [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]

「まさか・・・」
光子が、口をへの字に曲げ信じられないといった様子だ。
「本当なの。信じて。お父さんにそっくりなの。私も驚いちゃった」
道子が真剣な眼差しで光子に話しかけている。
光子が疑うような目で勝子の顔を覗き込んだ。
勝子が、道子の顔をチラリとみて光子を見た。
「お母さんまで道子に感化されちゃって・・・」
光子が、笑いを押したような声でいった。
「本当なの。似てるよ・・・。会ったらビックリするよ」
光子が、それでも未だ信じられないといった様子だ。
サイドウインドから外を見ると、空が黒い雲に覆われ今にも雨が降ってきたようだ。
赤信号で止まっていた車が動きだした。雨が降って来た。往来している人々が駆け出した。
道子が天気予報が当たったと思った。サイドウインドが雨でぬれ始めた。
「ああ、降って来たね」光子がいった。
雨は、瞬く間に土砂降りになった。
車内は、一瞬静まり返った。少しの沈黙の後、道子が光子に訊いた。
「姉さん、諏訪さんって知らない」
外を眺めていた光子が道子の方を見ながら
「諏訪さんって・・・、もしかしら、あの諏訪さんのこと」
光子の顔をじっと見詰めていた勝子が、
「そう、あの諏訪さん」といった。
「知ってるの・・・」道子が身を乗り出した。
「知ってるったって、直接は知らないけどさ。あの人の妹は、知ってるよ」
「妹さんを知ってるの」
道子の目の色が変わった。
「うん、邦子さんね。高校時代の先輩なの」
「道信さん知ってる・・・」
タクシーの後部座席に3人だ。道子が右端に小さくなって座っている。
勝子も光子も体は、ビール樽並みだ。
「道信さん・・・知らない。その人がどうしたの」
光子が訊き返した。
「主治医の名前が諏訪道信っていうの」
道子がいった。
光子が首を傾げながら
「姉妹は、確か朱美さんと邦子さんの二人だけなはずだよ」
「男はいないの・・・」
「いないと思う・・・」
道子は、心の中で、光子に諏訪道信についての記憶を呼び戻して欲しいと願った。
「あっ、もしかしたら、朱美さんの子供だろうか」
光子がいった。


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