亡魂ー30 視界不良による

「去る二月二六日午後三時頃、歌見川町から元川市に入る仏坂峠で崖下に、車が転落炎上し運転手のほか同乗していた二人が死亡
事故現場からは、車の残骸と三人の焼死体が発見された。原因は、猛吹雪で視界不良による運転ミスか、現在、調査中」と記載されていた。
久米島は、首を傾げながら、
「調査中か・・・」と久米島は呟いた。
午後の4時半ごろ、取材に出掛けた支局長が歌見川町から戻ってきた。
幸一は、久米島の顔をみるなり
「スクラップがあったかい・・・」と声を掛けた。
原稿を書いていた久米島が、目の前に置いてあるスクラップブックを手に取り幸一に渡した。
「おお、あったかい」
幸一は、よほど嬉しかったのか、微笑みを湛えながら、スクラップブックを受け取り、スクラップブックに挟んである付箋の個所を開いた。
幸一が、新聞の切り抜きに目を通していたが、読み終わると
「久米島君、この時点では、原因がはっきりしていないんだね」
「そうですね・・・」
「調査中となっているよね。その後、どうなったのだろうか・・・それに自動車って、そんなに簡単に炎上するものかね・・・」
久米島が首を傾げた。
「良くわかりませんが・・・」
「調査後については、その後の新聞に載っていないのかい」
「いや、そこまで調べていません。調べてみますか」
「うん、そうだね」
乗りかかった船だ。調べてみようと久米島は思った。

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亡魂-29 首を傾げながら

スクラップブックは、保存してあるはずだから調べて、明日にでも電話を入れるといってくれた。
翌日、工藤から電話があった。今日、元川市の警察へ行くから、その時にスクラップブックを持参して行くといってくれた。
その日、久米島が元川警察へ行くと既に工藤が来ていた。
「いや」
ソフアーに座って煙草を燻らせながら笑顔で、久米島に右手を振っている。
工藤は、でっぷりと太った人で年の頃40といったところだ。四角い顔に黒縁の眼鏡を掛け、ちょぼ髭を生やしている。
久米島も微笑みながら近づき工藤の前に腰を下ろした。胸のポケットから煙草を一本取りだして火を点けた。
「古い切り抜きを今頃どうするんだよ」
久米島は、たばこを燻らせながら、今までの概略を話した。
工藤は、頷きながら聞いていたが、話の途中で、突然、顔の前に腕を伸ばし右手を広げて話を遮った。あまりにも突飛な話に、あっけにとられたらしい。
「ちょっと待ってくれ。ほんとの話かよ」
工藤が、呆れ顔でいった。
「それが、信じられない話だけれど、本当だよ。俺も最初は、信じられなかったが、だんだんそれらしき事実が生まれてくるものだから、それで調べてみようと思ったんだよ」
工藤は、それでも信じられないのか、首を傾げなら
「まあ、一応、その時のスクラップブックを持ってきたので探してみたら」そう言ってスクラップブックを久米島に手渡した。
「助かります。警察でも分かると思ったんだが、何せ警察は忙しいところだから・・・」
「いいんだよ」
工藤は、快くスクラップブックを貸してくれた。
支局へ戻って久米島は借りたスクラップブックを開いた。
平成15年の2月の切り抜きを丁寧に見て行った。
なかなか見つからない。確か小さく載っていたといっていた筈だ。工藤は、二度目にやっと見つけることができた。

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亡魂-28どんぶり一杯の水を

「平成15年の2月でした」
「それじゃ、そのころの新聞に載ったでしょうね」
「道央新聞に載りました」
幸一は、新聞記事の切り抜きを見たら、詳細に分かるだろうと思った。
「ああ、それから霊がとんぶり一杯の水を一気に飲み干しましたよ。よっぽど水が飲みたかったのだろうと思いますが・・・」
「ああ、そうですか。水をね。いや、早速、祀ります」
芳次郎は、小さくぺこりと頭を下げた。
幸一と昭三は、芳次郎の家を出た。
戻ってから久米島に話しをすると、久米島は、一般的な自動車事故だと思うといった。しかし、幸一には、どうも気になるところがあった。それで久米島に
平成15年2月某日の新聞の切り抜きを探して欲しいと話した。
「あるかどうかわかりませんが、調べてみます。なければ警察へ行って調べてみます」
久米島は、早速、取り掛かった。
道央新聞社の支局が、隣町に既に開設されていた。久米島は、電話を入れてみた。本社は旭川市で拠点ごとに支局を置いている。隣町である炭川市に元川市を管轄にしている支局があった。
時々、元川市の警察で顔を合わせる工藤一郎に電話を入れた。

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亡魂ー27真面目一辺倒だった男が

芳次郎は、眉を顰め頷きながら
「恒子にとって守は、初めての子供で、それは大変な可愛がりようでした。傍から見ていて、思わずこちらも自然と微笑みがこぼれ幸せな気持ちにさせられました」
「よっぽど、可愛かったのでしょうね。それじゃ、旦那さんも、さぞかし、悔しかったでしょうね」
「ええ、恒子が亡くなってから、真面目一辺倒だった男が、まるで別人になったかのように、毎晩のように歓楽街へ出掛け、酒浸りになって明け方近くに帰ってくるという乱れた生活を繰り返しておりました。辺りのものは、慰めようがなく、ただなすが儘にしておりました」
「気の毒なことです。その恒子さんが、霊となって表れたのでしょうね」
幸一が芳次郎の顔を覗き込むようにしていった。
「そうかもしれません。恒子も悔しかったのでしょう」
「パタパタという音は、恒子さんだと思いますが、カタカタは、子供さんかもしれませんね。何歳でしたか」
「丁度、満一歳になろうとしていました」
「それじゃ、伝い歩きが出来るころですね」
「ああ、そうでしょうね」
「それじゃ、カタカタはその子供さんが、立ち上がり襖か障子に掴まり揺らしていた音でしょうか」
「はっきりしたことは分かりませんが、そう言えるかもしれません」
「ただ、仏さんが、非常に悔しい思いをしておりましたので、何か他に原因があるのではないかと思いまして・・・」
「何せ39歳という若さで亡くなりましたので、よっぽど悔しかったのだと思います」
幸一は芳次郎の話を食い入るように聞いていた。
「事故だったから、新聞報道されたでしょう」
「ええ、隅の方に小さく載っておりました」
「何年頃のことですか」

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亡魂ー26 佛坂峠で

幸一は、芳次郎にこれまでの経緯を語った。芳次郎は、信じがたいという顔で聞いていたが、時々眉を顰めたり、首を少し傾げたりしていたが、幸一が、あまりにも熱心に話をするので耳を傾け始めた。
昭三は、幸一が話をしている間、それとなく部屋を見回した。確か仏壇があるはずだがそれがない。不思議だと思いながら幸一の話を聞いていた。
幸一が一通り話を終えると茶を一口飲んだ。
「仏壇がありませんね」昭三が訊いた。
「ああ、仏壇は、未だ、引っ越して来たばかりなので、梱包したまま、そのままにしております」
「何方が、亡くなっているのですか」
「先祖代々にそれに私の家内と、私の妹とその子を祭っております」
「誰か、不運な死に方をした方がいらっしゃいますか」幸一が訊いた。
「妹の恒子が、若くして事故で亡くなっております」
「お幾つで・・・」
「39歳でした」
「ああ、それは、お気の毒なことです」
「それに、恒子の子供も一緒です」
「子供さんも一緒ですか」
「ええ、まだ生まれて間もない子で守といいます」
「どのような事故で・・・」
「自動車事故です。歌見川から元川市に来る途中、山越えしなければならないでしょ」
「佛坂峠ですか・・・」
「そうです。あそこで事故に遭い、亡くなりました」
「車は、自分で運転してのことですか」
「いや、従弟が運転しておりました」
「亡くなったのは、三名ですか」
「従弟と恒子に子供の守の3人です。二月で、その日は、天候が悪く、三日ほど猛吹雪が続き、峠は何度か通行止めになりました。当日は、久し振りに晴れ間がのぞいたので通行止めが解除されて、それで峠を越えたらしいです」
「スリップか何かで・・」
「そうです。警察では、スリップによる事故だと話していました」
「スリップですか・・・」
「そうだそうです。道路からはみだし崖下に転落していたそうです」
「それじゃ、即死ですね」
「だと思います」

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亡魂ー25 10時に会うことにした

幸一は、ヨネの口から出た「悔しい」という言葉が気になった。あの悔しさは、普通でない。よっぽどのことが、生前にあったのだろう。
そのわけを知りたかった。
「是非、訊いてみたいですね。連絡が取れますか」
「すぐ前の店の裏側ですから、行って訊いてみますか。その方がはっきりするんじゃないですか」
以前、ここに住んでいたのは、国川芳次郎といって、温厚で話がよく分かる人だ。6年間ほど町内会長を務めた人でもある。年齢は、既に70歳を超えており、奥さんが、64歳で亡くなっていた。
川村昭三が電話を入れると明日は、居るという。10時に会うことにして電話を切った。
翌日、幸一と昭三が二人で国川芳次郎の家を訪ねた。建物は、平屋の木造モルタル造りで、未だ建って間もないのか、壁も屋根も真新しい。玄関の屋根は、三角屋根だった。引き違い戸を開けて入ると芳次郎の息子の妻である恵理子が出てきた。
川村昭三の顔を見ると、笑顔で軽く頭を下げた。
「久し振りです。皆さんお元気ですか」
昭三がそういって笑顔で恵理子に挨拶をした。
「今日伺ったのは、爺さんにちょっと聞きたいことがあってきました。居りますか」
「はい、居ります。さあ、上がってください」
部屋に入ると六畳二間に四畳半が一間あった。その四畳半に芳次郎が座布団に座り釣り竿の手入れをしていた。


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亡魂-24 始める前の顔と違い

手は、しっかりと握られ震えている。眉間に皺を寄せ、歯を食い縛り何か憎悪の念が感じ取れる。
幸一は、小さな声でそっと訊いてみた。
「どうかしましたか」と訊くとただじっとしているだけで何もいわない。
「苦しいのですか・・・」
目は瞑っている。首を項垂れ動こうとしない。ヨネの黒ずんだ顔をよく見ると首を少し小刻みに震わせ、歯を食いしばり、口を一文字に結んでいる。
幸一は、ただならぬものを感じた。
あまり長い時間降霊してもヨネに負担が掛かる。
「おかえりください」と幸一が言うと、霊は、少しの間、じっとしていたが、深く息を吸い込むとその息を一気に吐きだした。
ヨネは、背を真っすぐに伸ばし、そして胸を張り、読経を始めた。その声は大きくなったり小さくなったりしながら、時々、数珠で自らの体を強く何度も叩き、まるで体から霊を追い出すかのようだ。
少ししてからヨネが目を開け幸一の方へ体を向けた。
「終わりました。分かりましたか」
ヨネの顔は、始める前の顔と違い、目が窪み頬はこけ深い縦縞の皺が顔中に走り憔悴しきった顔になっていた。
その顔を見た途端、幸一は、ほんの数分の間にこんなにも体力を消耗するものなのか驚愕した。
「パタ、パタは、女性だと分かりましたが、カタカタが分からないです」
そういうと、ヨネは、頷きながら、
「出てこられない理由が何かあるのかもしれませんよ」といった。
「そうですか・・・」
幸一は、それ以上のことは聞かなかった。
ヨネを送り届けた幸一と昭三、それに久米島の3人が支局に集まった。
意外とあっけなく終わった。結果的には、何も分からなかった。
女性だと分かったが、それは幸一が、スリッパで確証を得ていた。
「一人は、間違いなく女だと分かったが、もう一人カタカタとさせた霊の正体が分からないね。もう一人いるんだろうなあ」幸一がそういうと昭三が、
「以前、住んでいた人の所へ行って訊いてみますか」
幸一と久米島が顔を見合わせた。

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亡魂-23脇腹を小突き

ヨネの少し斜め後ろに座った幸一は、ヨネの手が見えた。
ヨネは、手をしっかりと握り占め右膝の上に置かれていた。そのこぶしが、ぶるぶると小刻みに震えている。
幸一が、昭三の脇腹を小突き、ヨネの方へ顎をしゃくった。
昭三は、顔を少し前に出しヨネの手を見て目を大きく見開き頷いた。
幸一が「移転したことは、分かってくれましたか・・・」と訊くと霊が頷いた。
それから少しじっとしていたが、突然「水」と大きな声でいった。
最初は、何のことか分からず、幸一が昭三の顔を見た。昭三も分からないでいると
「どんぶりで水を・・・」
といった。
「飲む水ですか」と訊くと
霊が頷いた。
キネが、咄嗟に台所へ行き、水を汲んできた。それを霊の前に置いた。どんぶりには、溢れんばかりの水が入っている。
「水を持ってきました」と幸一がいうと霊がどんぶりを両手で持ち口へ運び一気に飲み干した。
飲み干すと太くて低い声で
「悔しい・・・」とひとこといった。
その声は、絞り出すような声だった。
幸一も昭三も訳が分からなかった。
「何かありましたか」と訊くと
霊は黙ったままである。

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亡魂ー22 息を大きく吸い

目の前は、真っ白な壁である。そこへ向かって、ヨネが、目を瞑り、両手をゆっくりと頭の上まで持って行き、数珠を擦り合わせて居る。少ししてその手を徐々に下ろした。それを何度か繰り返した。
ヨネの太く節くれだった手が上下する。それに濃紺に薄い縦縞の入った木綿の着物の袖から真っ白な前腕が見え隠れする。
直ぐに霊は、下りた。時間にして2分も掛からなかった。
ヨネは、経文が終わると、少しの間じっとしていたが、突然、息を大きく吸い、そして、「フー」と音を立て吐いた。それから、肩を落とし、首を少し前に出し、前傾姿勢になった。手は、両手を前で組み、その手を膝の上に置いた。
更に、また、息を大きく吸った。ヨネの上体が少し持ち上がった。そして「フー」と音を立てて吐いた。
ヨネの格好は、まるで小さな子供が赤子を背負っているかのように見えた。
それから、じっとしたまま動かなくなった。
幸一は、霊が下りたと思った。即座に
「あなたは、ここに住んでいた方ですか」と訊いた。
ヨネが項垂れたまま静かに一度だけ頷いた。
「ここに住んでいた方は、他へ移転しました。現在、ここに、住んでおりません」
霊は、じっとして聞いていた。動こうとしない。
「移転先が、分からないのですか」
川村昭三が訊いた。
霊が小さく頷いた。
「移転先は、道路を挟んで向かい側の裏の方へ引っ越しました」
幸一が言うと霊は、依然としてじっとしたままで動かない。
幸一と昭三は、顔を見合わせた。
「あなたは、女の方ですか」
幸一は、先般、台所に置いたスリッパのことを思い出して訊いてみた。
霊は、小さく頷いた。
「カタ、カタとさせたのはあなたですか」
幸一がそう訊くと首を小さく横に振った。
「誰だろうか・・・」幸一が呟いた。
「違う霊かな・・・」昭三が横でいった。
「それでは、あなたは「パタ、パタ」とさせた方ですか」
幸一がそう訊くと霊が頭をゆっくりと前に下げ、それからゆっくりと上げた。

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亡魂ー21始めます

そして、六畳間二間続きの和室を舐めるように見ていた。
少して、落ち着いた低い声で「この部屋は寒い」といった。8月である。幸一も昭三も寒いとは思わなかった。エゾキスゲが咲きやっと夏らしなっていた。
幸一と昭三は、互いに目を合わせうなずき合いながら、ゆっくりとヨネを奥へと案内した。ヨネが立ち止まった。
そして、ぐるりと辺りを見渡してから、入って来た方向へ向き直り家の右隅を見てから左の隅をじっと見ていた。
それから、徐に左側へと進み壁の前に立った。
丁度、台所との壁ひとつ隔てた場所にあたる。その場に立った。
目を瞑り、一二分ほど、その場に立っていたが、「ここにしよう」といってその場に腰を下ろそうとした。キクが、慌てて座布団をその場に敷いた。その場は、真北に当たるところだ。
「これから、始めますが、右か左かはっきりと訊いてください。右でしょうか左でしょうかという訊き方はしないでください。短く訊いてください。仏が苦しんでいるようなら、止めてください」といった。
ヨネの右横、少し後ろには、幸一に昭三それに久米島、その後ろにキネに幸三が正座して座った。
「始めますか」といった。
幸一が、「おねがします」というと、ヨネは、数珠を持ち両手を目の前で組み、経文を唱え始めた。数珠の音が、静かな部屋の中に響き渡った。

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