吉次は頭が混乱したー(27) [現代小説ー灯篭花(ほうずき)]

たしか十五、六本あたったはずだ。毎年、お盆が近づくころには、萼が鮮やかな赤に染まり一際目立つ姿になる。それが一本も残らず根こそぎ抜かれていた。倫子と光一の姿が目に浮かんだ。俺が大切にしているものを一つ一つ奪い取るつもりだ。吉次は怒りが込み上げてきた。それと同時に悲しくなった。涙が頬を伝って流れた。昨日まで生き生きとしていたほおずきの姿が跡形もない。その光景を茫然と眺めていた。自然と心の中で念仏を唱えていた。すると込み上げていた怒りや悲しみが徐々に静まった。
『それまでして俺の財産を欲しいのか。欲しいならくれてやる』吉次は、どうにでもなれと思った。
出掛ける用意をして倫子が二階から降りてきた。玄関先から大きな声がした。
「爺ちゃん、朝食の用意してあるから」
倫子の声を聞いて吉次が反射的に大きな声を張り上げた。
「庭のほおずき抜いたのか」
「知らないや・・・」
倫子が庭に回ってきてほおずきの植えてあった場所を覗きこんでいた。
「盗まれたんだべさ」
「誰れがこんなもの盗む」
「知らないや」
倫子は、そう言って吉次に背を向け出掛けて行った。
庄助に電話を入れた。庄助は、昨日の酒がまだ利いているのか、ろれつの回らない声で電話にでた。
吉次は、温泉に庄助を誘った。庄助は二つ返事で了解した。いつもの通り11時のバスに乗ることにした。
11時まで時間があった。庭を眺めていた。この年まで毎年、お盆には墓へ欠かさず持参したほおずきが無くなった。初めてのことである。先祖に申し訳ない気持ちで一杯であった。
電話が鳴っている。咄嗟に庄助からだと思った。具合が悪くて行けないとの連絡かと思い受話器を直ぐに取った。
「叔父さん、金蔵です。昨夜は済まなかった。謝ります」
吉次は、言葉が暫く出てこなかった。
「叔父さん・・・、叔父さん・・・勘弁してください。悪気があってあんなこと言ったんじゃないんだ。倫ちゃんに頼まれて、それで叔父さんの気持ちを考えずに言ってしまったんだ。勘弁してください」
吉次は、金蔵の言葉を聞いてあいつ等が金蔵に頼まなければこんなことにはならなかったはずだと思った。
「いや、お前が悪いんじゃない。倫子と光一だ。欲に目が眩んで親の気持ちも考えずあんなことを言いやがって」
「本当に済まないと思っているよ」
吉次は、3人がすべて段取りを決めて俺に掛かって来たと思った。
「もし、あそこで俺が良いと言ったらどうするつもりでいた」
「もう良いよ」
「いや、聞かせてくれ・・・」
「俺と倫ちゃんと光一さんの三人で長浜市の公証人役場へ行って遺言書を叔父さんに書いてもらうことにしてたんだ」
吉次は、あいた口が塞がらなかった。
「そこまでやるつもりでいたのか・・・」
「だから、謝っているんだ」
吉次は、電話を切った。
すべて三人で仕組んだことだ。
吉次は、頭が混乱した。珠子の顔が目に浮かんだ。こういう時に珠子が居たならと吉次は思った。

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