この間、焼肉屋で二人で飲んだ時のことを思い出していたー(108) [現代小説ー灯篭花ほおずき)]

「わしが何をしたっていうのさ」
倫子は、むきになって怒った。
「そういう顔をするから嫌われるんだよ」和夫が、酒を啜った。
「和夫、酒を啜るんじゃないよ。音がうるさいよ」
叔母は、横で寂しげに笑った。先ほど和夫の脱いだ背広の上着を叔母が畳んでいた。
それを見ていた倫子が顔をしかめた。
「いいよ。和夫にさせなきゃ。何でもかんでも親が世話を焼くと何も出来ない男になるからさ。放っておきな」
叔母はそれでも手を休めなかった。畳み終わって、その上着を隅のほうに押しやり和夫の顔を見た。和夫が、敬礼する仕草をしてニコリと笑った。叔母は、笑みを浮かべた。
倫子が、小さく舌打ちをした。
倫子は、コップ酒を一口飲んでから
「叔母さんも独りになったべさ」
先ほどの怒り声とは違って物静かな口調であった。
「ああ、これで兄妹は、みんな逝ってしまった。わし独りになったよ」
「わしも独りだ。寂しくなったら家に来ると良いよ」
倫子が言った。
「有難う。今のところ、娘めも孫もいるから寂しくないよ。それより、あんた独りじゃ寂しいだろう。和夫、早く身を固めて孫の顔でも見せてやりなさい」
「煩くてわしは嫌だよ。孫なんって。独りでいるのが、なんぼ良いか」
「そうかい」叔母は、微笑みながら思った。
倫子が幾ら強がりを言っても、今まで珠子がいたから気を紛らわすことが出来た。それが明日から誰も居なくなる。寂しさに耐えられるかどうか心配であった。
「叔母さん、冷蔵庫にサイダーが入っているよ」
「ああ、有難う。私は、お茶でいいよ」
「もう少したったら何か食べなよ。今夜、腹減って寝れないべさ」
叔母が、テレビを付けた。時代ものである。
「酒、無くなるの早いな」和夫が蛍光灯に一升瓶を翳してみている。
「和夫、いつの間にそんなに酒が強くなったのさ」
仕事の関係で飲む回数が多くなった。強くなければ、営業は務まらない。
「母さんこそ強くなったべ」
倫子が歓楽街を毎晩のように出歩いていることを和夫は知っていた。
「なんだか今日はいくら飲んでも酔わないねえ」
疲れているなら酒が少しでも入ると有難くなり眠くなるのだろうが、今日に限って酒が入ると頭が冴える。
「俺もそうだ。この酒、水でも入ってねえか」
「馬鹿いうじゃないよ。本物だよ」
「酒でも買ってくるか」
「酒なら売るほどあるよ」
倫子に言われて台所の床下収納庫を開けると焼酎やビール、ワインなどが箱に入っていた。
「おお、すげや」
「日本酒だけだよ。持ってくるのは」倫子の大きな声がした。
「ああ、分かった」
和夫は、封の切っていない一升瓶を抱えステンレス台の上に乗っていた枝豆の袋を持って来た。
「今日は、徹底的に飲むべ。母さんと二人じゃ寂しいから金蔵さんも呼ぶべ」
和夫は、母親と飲んでも面白くない。だからと言って友人を呼んで飲む酒でもない。
やはり親戚の者を呼んでの精進落としだ。それに和夫は、この場に金蔵が必要であった。
倫子が首を横に振った。
心の中に何かわだかまりもあるのか、それとも珠子が亡くなったことで心にぽっかりと穴が開いたのか酒の飲み方が普段と違った。どこか暗く酒の飲み方も一度にコップの三分の一ほどの酒を喉に流し込む。倫子は、飲みたいような飲みたくないような複雑な気持ちであった。
和夫は、、倫子のその酒の飲み方が気になった。
「死んだ婆さんがよ、今までお世話になりました。今晩は、気のすむまで精進落としをしてくださいってよ」
「お前は、酒を飲むと調子のいいこというね」
「いや、和夫の言う通りかもしれないよ。これまでに3人の家族を彼の世に送ったんだ。天国で姉さんが感謝しているよ。倫子有難うってね」
「そんなことないべさ」倫子は叔母にそういわれて嬉しかったのか顔に笑みを浮かべた。
「二人で飲んでいても、湿っぽくて酒が不味いや、金蔵さんを呼ぶべ」
「今晩は、金蔵さんも疲れているから独りにしてやりなよ」
「いろいろ手伝って貰ったんだべさ」
倫子は黙っていた。この間、焼肉屋で飲んだ時のことを思い出していた。


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