俺は何とお人好しで馬鹿な男かと思ったー(109) [現代小説ー灯篭花ほおずき)]

どこの馬の骨かわからない男のために、金蔵が一千万円の保証人になるうとした。ふざけんじゃないよ。
金を借りたきゃ、幾らでも貸してくれる所があるだろうさ。きちんと頭を下げて挨拶に来るならまだしも金蔵を通して金を借りたいと言って来た。筋違いだろう。園子も園子だ。今まで、わしに結婚するような男は独りもいないと言っておきながら、それがなんと既に4年近くも同棲していた。よくも親に嘘を吐いていたものだ。どう考えても許せない。
倫子は、考えれば、考えるほど腹が立った。それに金蔵が肩入れした。金蔵も金蔵である。あんなお人よしの馬鹿な男だとは思わなかった。園子も馬の骨も金蔵も許せない。その怒りが倫子の心の中にあれ以来、ずっと息づいていた。
「何でよ。良いから呼ぶべ。いつもの様に3人で朝まで飲むべ」
和夫が携帯電話を胸ポケットから取り出し金蔵に電話を入れようとした。
「呼ばなくたっていいよ」倫子が大きな声で怒鳴った。
「俺は、金蔵さんと飲みてえんだよ」
和夫は、酒が入ると度胸が据わって來る。倫子に怒鳴り返した。和夫の気持ちの中には、どうしても金蔵を入れて三人で話したいことがあった。
金蔵は、珍しく自宅にいた。
「金蔵さん。和夫だけどさ、今、お袋と二人で飲んでいるんだが是非金蔵さんと飲みてえんだ。こっちへ来て一緒に飲もうよ。待っているから」和夫は一方的にそう言って電話を切った。
「来るってかい」倫子が嫌な顔をした。
「来るかどうか分かんねえ」
金蔵は、電話を直ぐに切られ答える間がなかった。
金蔵は、倫子に会いたくなかった。葬儀に際して、吉次や光一の時には、よく相談しあったものだが、今回は、菩提寺や葬儀屋との打ち合わせなどで一切倫子から相談がなかった。金蔵は、この間の事で倫子が気を悪くしたのだろうと思い何となく気まずい気持ちで葬儀に出席した。
金蔵は、和夫の電話のあとで思った。
それにしても、遺産相続のことや吉次が亡くなった時に相談に乗ってくれと頭を下げて来たのは誰だ。恩ぎせがましいことは、言いたくないが、もう少し俺の気持ちも考えて欲しかった。金蔵は心の中では面白くなった。俺は、あの夫婦を見る目がなかったのだ。俺は、どうも人が良すぎるようだ。頼まれると断れない。商売をしていても自分から折れて人に譲ることが多々ある。それで随分損をしてきた。性分だから仕方がないことだが、この世を生きて行くためには、もう少し強かに生きて行かなければと思った。四五歳にもなって子供染みたことを考えている自分が情けなかった。
競馬も最近は、金が続かないせいか場外馬券場へ出かける回数も減った。そろそろ、俺も歳だ。このまま、今の生活を続けて行って良いものかどうか考え始めていた。商売はさっぱりだ。商店会も応援すると言っている。思い切って町議選に打って出てみようと思うようになっていた。福祉に対する思い、それに町に対する思い入れは相当なものがあった。金蔵の町の振興策について話す時の目の輝きが違った。落ちたら万馬券を取りそこなったと思へば良いじゃないか。そう真剣に考えることもなかろうと思った。この考えは、以前から徐々にではあるが芽生え始めていた。
金の亡者め。金蔵はそう思った。それと裏返して倫子と言う女は可哀想な女だと思った。
金蔵は、電話を切った後で電話に出なければよかったと思った。まさか、和夫からの電話だとは思わなかった。今晩7時から商店会の事務所で継続している案件についての会議がある。それに出なければならない。その連絡かと思って受話器を取ったが和夫であった。金蔵は、迷った。
金蔵は、この間、園子や鈴木紀夫の前で、はっきりと二人の願いを聞き入れ確約した。その約束を反故にした。あんな恥ずかしい思いをしたのは初めてだ。俺も倫子に事前に話しをしないで勝手な事をした。当然、吉次の遺産相続の時のように、俺を信用してくれるものと思っていたのが間違いであった。俺からすると手の平を返したように倫子は豹変した。俺は何とお人好しで馬鹿な男かと思った。

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