びっくりするじゃねえかー(110) [現代小説ー灯篭花ほおずき)]

倫子は、金蔵が来たならその時はその時だと覚悟を決めた。疲れのせいか酒の回りが早い。和夫も少し足元が危なくなっていた。
それから20分ほどして玄関の引き戸の開く音がした。
金蔵であった。
和夫が金蔵に入る様に手招きした。金蔵は、「お晩です」と言いながら背を屈め遠慮勝ちに入って来た。
和夫が自分と母との間に席を設けようとしていると叔母が
「わしは、疲れたから上で少し休ませてもらうよ」と言って二階へ上がって行った。
和夫が叔母の座っていた場所に金蔵を座らせた。
「倫ちゃん、ご苦労さんでした。疲れたべさ」
金蔵は、素面である。
倫子は、金蔵の顔を見ることが出来なかった。あれ以来、ずっと自分の気持ちの中に蟠りがあった。
「そうでもねえ。葬式慣れてってのかな。3回目だべさ。葬儀屋とも顔馴染みなったし、爺さんの時より疲れなえ」
「もうないべ、この家から葬式出すのは。なにせ3回目だもんな」
「当分、葬式は嫌だね」
倫子は、酒の入ったコップに口を付けた。
和夫が、台所からコップを持ってきた。そのコップに酒を並々と注いだ。
「さあ、金蔵さん。今晩は、とことん精進落としをやるべし」
「いや、そうもしていられね。今晩、商店会の会議があるんだ。それで飲めねえんだ」
「そう言わずに、一杯ぐらい良いだろうさ」
和夫は、コップから滴り落ちる酒を左の手の平で受けながら金蔵の前に差し出した。
「和夫。いやにサービスが良いじゃねえか」金蔵が笑った。
金蔵は、これまで和夫に酒を勧められたことなど一度もなかった。こちらの方から和夫に進めていたものだ、ちょっと会わないうちに随分と大人になったものだと思った。
「そんなことはないが、今晩は、金蔵さんと二人で、とことん飲みたいんだ」
和夫が何か意味ありげに笑った。
倫子は、その和夫の様子を見ていて、いつもの和夫と少し違うと思った。
何かお願いするときは、決まって和夫の方から積極的に相手に近づいてゆく。泣くかわめくかどちらかだが、今度は下手に出るようになった。和夫は、何を考えているのか倫子は酔った頭の中で考えた。また、競馬か女か金か、その中のどれかだと思った。
「和夫、お前、また何かやらかしたのか」
倫子は、競馬だろうと思った。また消費者金融から金でも借りて困っているのだろうと思った。
「何もねえよ」和夫は、そう言ってえへらえへらと笑っている。
金蔵が時計を見た。
「そろそろ、商店会へ行く時間だ。そういう訳で今日は御免するよ」金蔵が立ち上がろうとすると和夫が
「会議は、何時までだ。終わったらさ、一緒にスナックに行って飲もうよ」
和夫は、金蔵を離そうとしない。
「何か俺に話でもあるのか」単刀直入に訊いた。
「会ってから話すよ」和夫がコップの酒を溢しながら言った。
「急ぐ話しでねえなら、酔っていることだし今晩でなくても良いべさ」
金蔵は、酔った和夫の面倒など看たくなかった。
「頼みます。終わったら電話を下さい。待っているからさ」
倫子は、疲れと酒の酔いでごろんと横になってしまった。
金蔵が出ていった後で和夫が、仕出しの残りの入った段ボール箱を開け、腹の足しになるものを探していた。
「金蔵さん、帰ったのか」倫子がむっくりと起き上がった。
和夫の背後から声が聴こえた。
「びっくりするじゃねえか」和夫が驚いたのか目を大きく開けていた。
「少し眠ったよ」
「飲むの。もういい加減にしたら。明日、二日酔いで苦しむべさ」
「大丈夫だ。酒の一升や二升」
倫子が鼻の先でせせら笑った。
「水を一杯頂戴」
和夫が、台所へ行きコップに水を入れて持って来た。それを倫子に渡した。倫子は、一気に美味そうに飲んだ。
飲み終わってから和夫に言った。
「香典の上りが少なくて葬儀屋に払う金が足りないよ。如何しようかね」
和夫は、残った仕出し料理の煮物を食べていたが箸を止めた。
「俺に言われても困るよ」
「何とかしなければならないべさ」
倫子が、まじまじと和夫の顔を見つめていた。
和夫が慌てて箸を動かし残っている煮物を口に入れた。
「お前に金を出せなんって言わないよ」
倫子は、意味ありげに笑った。。

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