息せき切って店に入って来たー(111) [現代小説ー灯篭花ほおずき)]

会議が終わったのは午後の9時半ごろだ。金蔵は、今頃、和夫は、酔いつぶれて寝てしまったであろうと思った。しかし、一応電話を入れてみた。
「金蔵さん」電話に出たのは和夫であった。金蔵は、驚いた。先ほどの様子では、酔いが回り和夫の歩き方が危なっかしかったからだ。
「ああ、起きていたのか」
「ああ、会議終わったんだ。それじゃ、俺さ、これから行くから、場所を教えてよ」
金蔵は、行きつけの居酒屋「とんこ」を指定した。和夫は、その場所は知っていた。
金蔵は「とんこ」へ向かった。金蔵は、どのような相談なのか皆目分からなかった。
港に向かうと、沖合から吹いてくる心地よい涼しい潮風が顔を撫でた。係留された漁船が、ゆりかごのように静かに波間に漂っていた。潮の匂いは、嫌いではないが、港の中のギラギラと油で汚れた海水の臭いは好きになれなかった。それでも潮風には、一日に一度は当たりたかった。店から港まで近かった。それで用事もないのに港まで行って、沈む太陽を眺めながら今日一日の事を振り返っていた。
波止場の前に数本の街灯が立っている。その街灯の明かりが辺りを照らしていた。風は、日が落ちるとひんやりとして心地よかった。金蔵は、その風で疲れた頭を冷やした。
「とんこ」で和夫を待っていると間もなく和夫が現れた。
「金蔵さん遅くなって申し訳ない」和夫が、息せき切って店に入って來た。頭をペコンと下げた。
「いやに早いな。走って来たのか。」
和夫が、はあはあ言いながらカウンターに座っている金蔵の横に座った。
「まあ、時間はある。ゆっくり話を聴くべ」
和夫は、金蔵が出て行った後、酒を口にしなかった。30分ほど眠ったが、金蔵との約束が頭の隅に残っていたので熟睡は出来ずうとうとしていた。
「話って何だ」金蔵の方から訊いた。
店に客が一人いた。カウンターに臥せって眠り込んでいた。
その姿を和夫が横目でチラリとみてから話し出した。
「金蔵さん、昨夜の通夜に、どこかで園子の姿をみたかい」
「いや、みてねえ」
「病気にでもなったかな」
「園ちゃんに、連絡しなかったのか」
「俺は、してねえけど」
「誰か、連絡しているべさ」
「それとも、お袋と何かあったのかな」
「・・・・・」
「いや、金蔵さんに訊いたって分かるはずがないよね」
金蔵は、和夫の次の言葉を待った。
「恐らく、一千万円の事で喧嘩でもしたのか」
和夫は、金蔵が一千万円のことについて何か知っている筈だと思い訊いてみた。
「一千万円の事か。あれは園ちゃんの彼氏が会社を興すので、その資金として貸してくれとお袋さんに頼んだが駄目だった」
「それじゃ、貸さなかったんだ」
和夫がニヤリと笑った。
「だから、親父が死んだ時に遺産分割すればいかったんだ」
和夫は、口では、そう言ったが心の中では、しめたと思った。園子とお袋の間がうまくいっていない。
「お袋は、絶対駄目だと言ったのかい」
「梃子でも動かなかったな」
「なに、金蔵さんも園子に加担したのかい」
金蔵は、仕舞ったと思った。しかし、誰かに、本当のことを話しておかないと、巡り巡って話に尾鰭が付き自分が悪者にされてしまう。それでは堪らない。
金蔵は、これまでの一部始終を話した。最後に金蔵は、園子が、けして倫ちゃんの財産を欲しくて頼んだことではないこを付け加えた。
和夫は、金蔵の言葉を満足げな顔で終始にやにや笑いながら聴いていたが、徐にカウンターに置いた焼酎の水割りに初めて手を付け口に持って行った。

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