仏壇送りますかー(114) [現代小説ー灯篭花ほおずき)]

和夫が、腹を摩りながら居間に戻った。
「薬飲んだから大丈夫だべ」
叔母にそう言った。
「和夫、帰るのかい」
「ああ、今日、帰る。あした会社に出る」
「もう一晩泊まったらどうなのさ」
「いや帰る。叔母さんは、家に帰りたいだろうから」
叔母が倫子の顔をちらっと見た。倫子が口をへの字に曲げたのを見逃さなかった。
和夫は、金蔵から話しを聞いて安心した。母の財産は、園子に渡っていない。俺が心配しなくても母が管理している。今のところは安全だ。
二人は、その日の昼近くに華林町を発った。
独りになった倫子は仏間に背を向けテレビを見ていた。しかし、その目は、どこか上の空目であった。
葬儀に掛かった経費の明細を送れと逆に杏子に言われた。苦虫を噛み潰したような顔をしている。簡単に杏子から50万円を詐取出来ると思ったがそういかなかった。仏壇の線香が消えていた。経台の上には、線香から落ちた灰が香炉の中に落ちずに外へ散らかっていた。
金糸銀糸のカバーで覆われた珠子の遺骨は、夜とは違ってどこか重々しく堂々として見えた。その遺骨がじっと倫子の背を見詰めていた。
倫子が突然立ち上がり二階へ行き押し入れに仕舞った金庫を取り出した。それを持って居間に戻りテーブルの上に置いた。整理箪笥の引き出しから鍵を出して金庫を開けた。中から領収書を取り出しさらに中を調べた。一冊になった請求書を見つけた。それには、葬儀社の印鑑が押印されてあった。倫子がほくそ笑んだ。まさかと思っていたが葬儀屋が忘れたのだ。細かいものは、葬儀全般が終わった後、後日清算するが会場で互いに話し合いながら請求書をその場で書くこともある。それで忘れたのだ。倫子は、請求書の水増しを思いついた。
杏子は、こちらが支払った領収書の控えを送れとは言わなかった。倫子は請求書を書き始めた。ある程度信憑性のある請求書にしなければならない。領収書の金額の大きなものを選びだした。その領収書を見ながら請求金額を水増しした。50万円を水増しするには、結構手間が掛かった。書き終わってから倫子は満足そうな顔をして昼食を摂った。
暫く休んでから午後の3時過ぎに杏子に電話を入れた。杏子は、外出していた。電話には、定男が出た。
「お兄さんですか、先ほど姉に話しましたが請求書の写しを送りますのでよろしくお願いします。それに、銀行から預金口座凍結解除の申請書類を提出するよう言われましたので送りますので印鑑を押して返送してください。よろしくお願いします」
倫子が恐縮そうに言った。
定男は、吉次の葬儀の時から疑問に思っていたことを倫子にぶつけた。
「爺ちゃんの時もそうだったけど、婆ちゃんの財産は、幾らあったの。葬儀代は、葬式の香典だけで支払うものじゃないよね。姉妹二人の前に婆さんの預金通帳などすべての財産を出して二人でそれをどうするか相談し合うのが本当じゃないの」
それを聞いた倫子が
「通帳を見ましたが幾らもないんです。残金を足しても足りないんです」
倫子が大きな声で言った。
「あなたは、婆ちゃんの生きてる間に、ほとんど口座から降ろしたんじゃないの。婆ちゃんが倒れてからの10年間分の通帳を見せてください」
倫子の態度が豹変した。
「そんなに、金、欲しいですか。小林さん、仏壇送りますか」
定男は、驚いたと同時に倫子の化けの皮が剥がれたと思った。
倫子は、そう言って電話を切った。
杏子が買い物から帰って来た。笑っている定男に訊いた。
「何を笑っているの」
「電話が来たよ。華林町から」
「何って・・・」
「請求書の写しを送るって、それに銀行が通帳の払い出しを止めたので、こちらで印鑑を押して返してくれってさ」
「それでどうしたの・・・」
「まず、婆さんが幾ら持っていたのか何から何まで全部出して欲しいって。今まで婆ちゃんの財産を管理していたのは、あの方だ。通帳があるだろから、婆ちゃんが倒れた時から10年間遡って通帳を見せて欲しいと」
「そうしたら、何って言ったの」
「小林さんだってよ。今までお兄さんと言っていたのに。その後に言った言葉には俺も驚いたよ。仏壇送りますかだってさ」
杏子は、倫子の言いそうなことだと思った。
「それでどうしたの」
「先方がガチャンと電話を切ったよ」
杏子は、苦笑した。
「あの方は、自分の非を自ら認めたんだよ」
「これで、良かったのじゃない。倫子とも今後、付き合うこともないし」
「それにしても、金は、人間を変えるというが本当だな」
「もともと、そういう素質があったのよ。驚く事もないわよ」
杏子がさばさばしたのか嬉しそうに笑った。

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