一筋の涙がー(113) [現代小説ー灯篭花ほおずき)]

園子が、夕飯の後始末を終えて、ダイニングテーブルの椅子に座り茶を飲んでいた。
紀夫が長椅子に仰向けになり両足を投げ出して夕刊を読んでいる。居間のテレビにニュースが流れていた。
葬儀から帰って来て一日が経った。園子が紀夫に話し掛けた。
「金蔵さんに会えばよかったわね」
紀夫は、何も言わずに新聞を読んでいた。
和夫は、一千万の話しを既に知っている。それに金蔵にお願いしたことも知っている。
金蔵に会うと母と和夫に会わなければならない。そうなると話が面倒なことになる。金蔵にすべてを任せてある。余計な事をしないことだと思った。
園子は、葬儀場で金蔵に会い良い話でも聞けるのではとの淡い期待を抱いて出かけたが金蔵の姿さえ見ることが出来なかった。
「金蔵さんに電話してみようか」
「先方には、恐らく、俺たちに会えない事情があるんだろう。そうでなければ、とっくに連絡が来てるさ」
「これ以上待っても駄目ね。私が軽々しく金蔵さんに頼んだのがいけなかったんだわ」
紀夫は何も言わなかったが当然の成り行きだと思っていた。
園子の母親に直接会ってお願いするのが筋である。一千万円だ。はした金額ではない。俺には担保もないし保証人もいない。それに第三者を介して一千万円を貸してくれと頼む込む方がどうかしている。逆に金蔵さんに迷惑を掛けてしまったと紀夫は思った。
園子は、紀夫が入籍をしてくれたのは、一千万円が確実に入るものだと信じて入籍をしてくれたのだと思った。
「まあ、考えてみると一千万だ。そうやすやすと、貸してくれるれるところなんぞ、どこにも無いな」
「うちの母には、困ったものだわ。お金がないのなら頼まないけど。持っているのにさ」
紀夫が苦笑した。
「俺たちが甘えたのが良くなかったんだ。世の中、そんなに甘くないってことさ」
紀夫が納得した顔で園子に微笑みかけた。
園子は、まるで自分が紀夫を騙して入籍させたとの気持ちが心の隅に残っていた。
そのために帰って来てからは、紀夫の顔色を始終窺うようになった。園子はこんな自分が嫌になった。葬儀から帰って来て一日しか経っていないのに胸が苦しくなって来た。
「私が紀夫さんを騙したようなものね」園子が思い切って言った。
「何を・・・」
「入籍したこと」
「馬鹿なこと言うなよ。まるでお前を一千万で買ったような言い方するなよ。前から考えていたことだ」
その言葉を聞いた園子は、椅子から立ち上がり紀夫に背を向け水道の蛇口を捻った。水が大きな音を出して,
いっきに流れた。園子は、胸が熱くなった。嬉しかった。目頭から一筋の涙が流れた。何も言えず心の中で紀夫に「有難う」と言った。
収納棚から二つコーヒーカップ出しインスタントコーヒを淹れた。それを持って長椅子の前のテーブルに置いた。
紀夫が、そのコーヒーの臭いに誘われて椅子から起き上がり美味そうに一口飲んだ。

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