夜間救急病院へ(117) [現代小説ー灯篭花ほおずき)]

杏子は、華林町へ来ていた。秋分の日が近い。青々とした木々が秋の訪れを迎えようとしていた。華林町へ来たのは、墓参りもあったが庄助との約束を果たすのが目的であった。一度ゆっくりと話をしてみたいと思っていた。墓参りのあと菩提寺に行き住職にあった。日頃のご無沙汰を詫びた。そこで倫子が入院をしていることを知らされた。脳挫傷で長浜の脳神経外科へ入院しているという。住職の奥さんが残念そうな顔をして話した。倫子は、夫の光一が亡くなってから、この菩提寺の世話人を任されていた。
奥さんの話しでは、何でもスナックで飲んでいるうちに些細のことから客と口論になったという。喧嘩の理由は、至ってつまらないことで、美空ひばりを除いて、現在演歌の上手い歌手は誰かと言うことになって倫子は、斉藤昌子と言ったが、男性客は、一関さゆりだという。それが元で互いに意見を譲らず倫子がそれに腹を立て「帰る」と一言いって店を出たという。その後、少ししてから救急車のサイレンの音がして、その音が店の前で止まったという。ママが出てみると、倫子が体をくの字にして二階から降りた踊り場に倒れていたという。救急隊員が、倫子を踊り場から担架に乗せ一階まで運び直ぐに車に乗せ走り去ったという。隣のスナックから出てきた客が直ぐに119に電話を入れたのが幸いし、救急車で夜間救急病院へ運んだという。当番医が言うには、どうも頭を打っているらしいので脳神経外科へ連れて行くようにとのことで、それで長浜へ搬送されそこで脳挫傷と診断んされた。
杏子は、初めてそのことを知った。和夫も園子からも何も連絡がなかった。菩提寺の帰り道で思った。
杏子は、実家の仏壇が気になった。倫子が入院しているなら、仏の面倒をみる者が誰もいない。脳挫傷となると頭の打ち所にもよるだろうが簡単に回復するものではない。吉次と珠子の顔が目に浮かんだ。菩提寺で面倒をみて貰っているが、やはり家族の温もりが欲しいだろうと杏子は思った。
先日、庄助に教えて貰った住所を頼りに家を探した。小さな町である。それに杏子も子供のころから知った町である。庄助の家は、花城団地である。簡単に分かった。家の構えがどこか実家の造りに似ていた。門柱があり中に入ると両脇に庭があり、その庭には、桜の木と松が植えられてあった。この風景は、全く実家の様子に酷似していた。
玄関の脇には、庭への散水や車洗いの水道管が引かれてあるのもそっくりだ。それに玄関も引き戸であるのになおさら驚いた。何から何まで実家の造りと同じであった。
引き戸を開けて声を掛けると長男の嫁であろうか、中戸を体半分ほど開けて頭を軽く下げた。
「わたし、小林杏子と申します」杏子は、そう言ってから
「亡くなった吉次の娘です」と付け加えた。すると
「あら、吉次さんの娘さん」と言って相好を崩した。
杏子もその顔に合わせて笑顔で頷いた。
長男の嫁と思しきその人は、少し慌てた表情で
「義父ですね」と言って顔を引っ込めると奥の方に向かって
「お父さん。お客さんだよ」と大きな声で言った。
それからまた顔を出して
「今、来ますから。最近、めっきり歩くのが難しくなって。ともかく、上がってください」と言って中戸を大きく開けた。この造りも同じである。
庄助が杖を突きながら出てきた。この間よりも少し痩せたように思えた。変わらないのは鼻の下の真白い髭ぐらいだ。
「ああ、杏子さんかい」庄助が満面の笑みで杏子を迎えた。
「お元気なようで」
「あんたが來るというのでお菊婆さんにもそう話したら喜んでいたよ」
「お菊さんは、お元気で・・・」と訊くと
「ああ、俺より年上だが元気そのもので、相変わらず口だけは達者だ」
庄助がそう言って笑った。

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