疑念が残ったー(116) [現代小説ー灯篭花ほおずき)]

スナック「彩」のママが、いつもの様に咥え煙草で煙を燻らせ氷を割りながら塚本ユミに話し掛けた。
「倫ちゃんに会う」
最近、倫子がどこを根城にして飲み歩いているのか皆目わからなかった。
「そう言えば、噂をきかないね。どうしてるんだろう」
逆にユミがママに訊いた。
「入院でもしているんだろうか」
「まさか、そんなら私の耳に入るよ。ママ」
「そうだよね。こんな小さな町だもね」
ユミは、病院間での看護師同士の知り合いも多い。
「まさか、寝込んでいるわけじゃないよね」
「ママ、心配することないよ。金はあるし、いざとなったら長浜でも草間でもどこの病院でも受け入れてくれるよ」
「そうかい。金の世の中だね。金がなければ助かる命も助からないよね。金がないということは実に悲しいことだね」
ママが我が身を振り返るかのように言った。
「ママさ・・・、私ね、前から気になっていたことがあるの」
「何さ」
ユミが水で割ったりウイスキーのコップに口を付け一口飲んだ。
「旦那さんが亡くなった日のことだんだけどさ。倫ちゃんが電話をしているところに偶然いたの」
ママは、ユミがこれから何を話すのか興味ありそうな顔でユミの目をじっと見ている。
「私さ、悪いと思ったんだけど、それとなく聞いちゃつたの」
「どんなことさ」ママが早く話せとと言わんばかりである。
「あの日、旦那が長浜市内で仏壇を買って來ることは、倫ちゃんから聴いて知っていたんだけどさ」
「それで・・・」
「なんでも、今晩、焼肉パーテイをするから「肉の鎌形」から肉とホルモンを買って來るよう頼んでいたらしいの」
「それがどうしたのさ」
「その後なんだけどさ、旦那さんは、焼肉と焼酎が大好きでしょ」
「うん。知ってる」
「鎌形って言ったら隣がパチンコ屋でその隣が焼肉屋でしょ」
「倫ちゃん、くれぐれもその焼肉屋には、絶対に寄らないようにと何度も何度も念を押しているの」
「そりゃそうだよ。車だもの、飲んで事故でも起こされたら正月も何もないべさ」
「そうじゃないのさ、諄いほど旦那に話しているの。聴いていたら、なんだか焼肉屋に寄りなさいと言っているように聴こえたの」
「まさか、いくらなんでもそんな事ないべさ」
「私の考え過ぎかな・・・」
ユミが頭を傾げた。
「そうだよ。だって自分の夫だよ。事故を起こして死んでしまったらどうするのさ」
ママがそう言って笑った。
「だって、死んだでしょ。その代償に一億の保険がおりたでしょ」
ママの笑いが止まった。
「まるでテレビじゃない」
「それでもあり得ないかい」
ママが言葉に詰まった。
「何度も念を押していたのかい」
「そう、その言い方が私には、寄りなさいって聴こえたの」
ママは、自家用のウイスキーの瓶を取り出し水割りを作り飲んだ。
ふーっと息を吐きカウンターの中にいつも置いてある丸椅子に腰を下ろした。
「ママさ、子供ってさ、危ないところへ行くなと言うと親の知らないうちに危険な場場所で遊んでいるでしょ。止めなさいと言われたら尚更やりたくなるもんじゃない」
「それは、子供でしょ」
「大人も同じよ。好きなものは直ぐ食べたくなるものよ」
「大人には、理性があるしょ」
「魔が差したのかな」
ユミは、未だ疑念が残った。

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