溝鼠ー⑨頭の中では違うことを [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]

午後の五時半になると佳代子はいつも出かける。佳代子は、夕飯を済ませてから仕事に出かける。そのため道男と勝子の夕食も早めになる。食卓テーブルを挟んで二人は向かい合い夕飯を食べていた。
勝子には、女の子が4人いる。その中で三女の佳代子が同居していた。三十路を既に過ぎたが結婚する気持ちなどない。のんびり屋で暇なときは、テレビを見たり外で友人と会い食事をしたり買い物に出かけたりして暮らしている。収入は、バイト代だけである。バイト先は、スナックでいつも午前二時近くまで働いて帰ってくる。酒は、道男の遺伝子を受け継いだのか酒豪である。いくら飲んでも酔わない。飲ませた甲斐がないと客はいう。それで、スナックでは、佳代子のことを怪物と呼んでいる。目鼻立ちは、道男に似ていた。話をするとき時々鼻の穴を大きく膨らませる癖がある。小さい子がかけっこをして一等賞を取った時のような鼻を膨らませる。これは道男も同じである。美人ではないが小柄で胸が大きい。客がカウンターに座ると目の前に佳代子の上半身だけが見える。酒を注文するとカウンターの中をまるで大きな餅が二つ行ったり来たりするよだと客がいう。客は、それを面白がって酒をくれビールをくれと佳代子に頼む。店長もそれを知ってか注文には、手出しをしない。いつもチラリと佳代子のほうを見るだけだ。佳代子は他の客と話をしていてもカウンターの端から注文があると手早く冷蔵庫からビールを出し、その客の前まで行って栓を抜きコップに注ぐ。よく気の付く子だと店長は思っている。
小さなスナックだが結構客が入る。客層は中年から定年間近い客が多い。早めの時間帯は初老の客が来る。佳代子は、話し上手で客を飽きさせない。たまに酔ったふりをすると誘われる。それらしき雰囲気を出しながら客に合わせる。
そのせいか店を閉めるのは、いつも零時を回る。
そのせいでモトと顔を合わせるのは、ほとんどない。帰って来てから午前九時か一〇時ごろまで寝床の中である。
モトは、それを知っているので部屋の突き当りのトイレに立つときは、テレビの音を小さくしてから部屋のドアの丸ノブを静かに回す。音を出さないようにするためである。少しでも大きな音を出すと「五月蠅い」と大きな声が部屋の中から飛んでくる。
モトは、何度も佳代子に怒鳴られたことがある。それで神経が過敏になっていた。
「今度は、お母さんをお兄さんが面倒を看るから、お父さん、少し楽になるっしょ」
道男は、それには答えず缶ビールに直接口をつけ黙って飲んでいた。車の中での嬉しそうな道男の顔は、無くなっていた。
缶ビールの飲むのが早い。勝子は、道男が少し肩の荷が下り、嬉しく思いそれでビールの進み方が早いのかと思った。
勝子は、焼酎のレモン割を飲んだ。
「ああ、美味しい。こんなに美味しいお酒、何年振りだろうか」
道男の目は、厳しかった。勝子の話すことなど耳に入らなかった。
台所から見える居間のテレビをじっと見詰めている。しかし、頭の中では違うことを考えていた。

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