溝鼠ー22 久仁子も同じように見ていたんだ [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]

勝子は、久仁子に軽く頭を下げた。久仁子とは、初対面である。
「勝子さんですか、初めまして。妹の久仁子です。母の面倒を看て頂き有難うございます」
久仁子が頭を下げた。
「ああ、こちらこそ」
軽く頭を下げた。
初めて会う義姉に対しては横柄な態度である。
「久仁子、お前、婆さんの顔見るの久しぶりだべや」
道男は、ぎょろりとした目で久仁子をみた。それからモトの枕元へ行きいつものように母の頭を乱暴に一撫でした。
久仁子は、道男の威圧するような目付きに一瞬慄いた。40年間も母とは疎遠であった。道男は、そのことに腹を立てているのだろうと思った。自分が悪いことは、重々分かっている。この歳になり、母の気持ちが分かるようになった。
母の反対を押し切って来生雄二と駆け落ちしたことを。
「婆さん。目を開けろ。久仁子だ。婆さんの娘の久仁子だ。観見町から来たんだ。顔を見てやれ」
道男は、人差し指と親指を使ってもとの右目を強引に開こうとした。その乱暴な仕草に久仁子が見ていられなくなり
「無理しなくても良いよ。そのうち目を開けるからさ」
久仁子は、自分の胸の鼓動が激しく波打つのを感じた。
定男は、道男の行動をじっと見ていた。相変わらずがさつな奴だと思った。
「婆さんのこと聞いたべ」
久仁子が頷いた。
「そんな調子だ。歳が歳だからな。仕方ねえべ」
認知症とはいえモトの枕元である。堪り兼ねた定男は、
「談話室で話したどうだ」といった。
久仁子が軽く頷いた。
「話すたって何もないぞ。そんなところだ」」
定男が席を立ち久仁子を部屋から出るように促した。
談話室を出ると道男は、嫌々ながら後からついて来た。
「話を聞いたべや。それ以上、何もないぞ」
道男がそわそわしだした。
40年ぶりに3人が揃った。
「そうだ、俺さ、受付に行ってくる。支払のことで話があるっていわれていたのを忘れていた」道男は、椅子に座る前にそういって出て行った。勝子も道男の後を追うようにして出て行った。定男は、その後ろ姿を見て可笑しくなった。
「何を笑っているの」
「道男のあの態度を見たか」
「何なの。戻るんでしょ」
「もう、来ないよ」
「どうして、久しぶりに3人が集まったのに」
「あいつには、そんなことどうでもいいんだ」
「なぜ・・・母のこと勝子さんに聞きたかったのに」
「言わなくても分かるだろう。これだよ」
定男は人差し指と親指を丸めて見せた。
「お金」
定男が頷いた。
「財産分けだよ」
「誰もそんな話しをしていないでしょ」
「話を持ちだされるのが困るんだ」
定男は、そう言って笑った。
「中堅企業の取締役までなったんだが。どこでどう間違ったか会社の女の子に手を出して」
「辞めさせられたの」
「いや、かろうじて首は繋がったが、給料は年俸制に変えられたらしい」
「その話お母さんから聞いたの」
「いや、勝子との別れ話が出たときに、お袋に呼ばれてあいつの家に行ったことがあるんだ。20
数年前になるかな」
久仁子は、初めてその話を知った。
「そのとき、勝子が死んでやるといって玄関先へ飛び出していったときに、俺は、その後を追って勝子の両肘を抱えて止めたことがあるよ。その時、道男にいわれた言葉が今でも忘れないよ」
「なんていったの」
「二度と俺の家の敷居をまたぐなと」
「道男兄さんらしいわね」
「自分のしでかした不始末に困りどうして良いやら分からなくなったようだ」
「それでどうしたの」
「お袋は、目で俺に合図をするんだ。何も言うなと。だから黙って成り行きを見ていたさ」
「お母さんは、いつも道男兄さんには、甘いんだから」
久仁子も母に対して同じように見ていたのだと定男は思った。

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