溝鼠ー120佳代子が声を掛けた [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]

「返して頂戴。頼むから。お願い」
モトが必死になって懇願している。
勝子は、夢中でドアの脇に置いた袋を足の踵を使って自分のほうへと引き寄せた。
部屋では、佳代子が眠っていた。突然、硬いものが腰に当たった。
「痛い・・・」
熟睡していた佳代子が飛び起きた。ドアの横に重たそうな黒いゴミ袋が置いてある。布団の上には、一斗缶が転がっていた。何事かと思い辺りを見渡した。
ドアを隔てて声が聞こえる。
佳代子は、転がっている一斗缶に手を伸ばし自分のほうへと手繰り寄せた。蓋の辺りが嫌にべとつく。
黒いごみ袋も四つん這いになり手繰り寄せた。ずっしりと重い。ドアの外から勝子とモトの声が聞こえる。モトが悲痛な声を上げている。
そのモトを宥め賺すかのように勝子は、優しくいった。
「どうしたのさ、何もないよ。ほれ、ないっしょ」
勝子の顔は、汗だらけである。いくら拭っても次から次へと汗がでる。
佳代子がドアを少し開けその隙間から覗いた。
勝子が、一心不乱になってモトに話しかけている。
「どうしたの」
佳代子が声を掛けた。
勝子が、上気した顔で振り向いた。
「返して、私の物を」
モトの大きな声が飛び込んできた。
「何もないよ。ほら、何もない」
勝子が、声高にいってから万歳をし両足を交互に上げてモトにみせている。
「さっき、見たよ」
「何を、見たの」
モトが、食い入るようにして勝子を見ている。
「ねえ、何にも持っていないしょ」
モトが振り返り
「道男、道男」とあらん限りの声を出して道男を呼んだ。道男は、既に居間でソフアーに横になりテレビを観ていた。
モトの声が聞こえたが素知らぬ振りをしていた。
モトが、階段に両手を付き四つん這いなりながら一段また一段と階段を上り始めた。
勝子が、足元のごみ袋を掴み佳代子の部屋に飛び込んだ。
「どうしたのさ。母さん」
フーフー息を切らせ両手で額の汗を拭っている。
「何でもないよ」
「でも、この一斗缶は」
「あ~それかい。父さんの部屋にあったので下に下ろそうと持ってさ」
勝子の口から咄嗟に出た言葉だ。
「ごみ袋の中は、お金じゃないの」
「父さんのへそくりだよ」
佳代子が首を傾げた。

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