溝鼠ー121部屋を飛び出し [現代小説ー灯篭花ほおずき)]

「父さんのへそくり。これが」
佳代子が畳の上に転がっているゴミ袋を拾い、顔の前へ持ってきて繁々とみている。
「そうだよ。どうして」
勝子が一斗缶を拾い部屋の隅に置いた。
「それにしてもさ、婆ちゃん、なんであんな大きな声を出していたの」
「認知症が進んでいるからさ」
「そうなの・・・」
佳代子が驚いた顔をした。
「そうなの、婆ちゃん、最近、何でもかんでもそれ私の物、私の物と言い張るから、面倒だから、あんたの部屋に投げ入れたの。悪かったね」
佳代子が、納得がいかないのか勝子の顔をじっと見ていた。
「兎に角、婆ちゃんが上がってきたら私は下へ下りるから、これは、あんたが出掛けたら取りに来るからね。いいね」
「私が出掛ける時に持っていこうか」
そう聞いて勝子が慌てた。
「いや、いいの。婆ちゃんに見っかったら大変なことになるから。もう少し時間が経ってからにするわ」
「母さん、もしかしたら、これ婆ちゃんの部屋から持ち出したんでしょ」
勝子が押し黙った。佳代子が勝子の顔をじっと見ながら
「当たりでしょ」
勝子がばれたかといった風な顔をしながら
「婆ちゃんの認知症が、相当進んでいるの。それで父さんがね、婆ちゃんの財産は、俺たちで管理してやらなきゃならんというものだから」
「そのこと、前もって婆ちゃんに話したの」
勝子の額から、一旦納まった汗が、また噴きだした。
「いうも何もないっしょ。そんなこと言ったって分かんないだから」
「最近、婆ちゃんの顔を見ないと思ったら、そんなに悪いんだ」
「あんたは、知らないだろうけど、買い物してくると、その量が半端じゃないの。あきれるほど買って来て全部食べてしまうの。そして翌日、腹が痛いと言い出すの。本当に始末が悪いんだから」
「注意したの」
「分かるなら、こんなことしないしょ」
「そうか・・・」
佳代子の口角がかすかに上がった。佳代子は、仕方がないと思った。
「一斗缶とだらせん袋を押入れの中に入れようか。もし、婆ちゃんがこの部屋を見せてといった困るから」
「ああ、そうして・・・」
勝子がドアの傍に近づき外の様子に耳を欹てている。
モトがやっと階段を上がり切った。部屋のドアノブが回りカチャと音が聞こえた。ドアを開け中へ入った。
すかさず、勝子は、部屋を飛び出し二階から下りた。
どうやって下りたか自分でも分からなかった。兎に角、早かった。
重い体を揺さぶりながら居間に入ると道男がソフアーに横になりウイスキーを舐めていた。

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