溝鼠ー122道男が小さな声で [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]

「おお、上手くいったか」
道男がニヤニヤ笑っている。
勝子が居間に入るや否や、その場にへたり込みドアの柱に背を持たせ足を投げ出した。黒縁眼鏡が鼻から今にも落ちそうだ。胸がはだけ、汗が光っている。
着ている赤いVネックのセーターは、襟が汗で赤黒く染まっていた。
「あ~あ、命が縮む思いだよ。それにしてもさ、帰ってくるの、少し早すぎない」憤懣やるかたないといった様子である。
「今日は、休診日だ」
道男が、小さな声でいった。
「えっ・・・」
勝子が、口を半開きにし呆然としている。
「何やってんのさ」
勝子が、今にも吊り落ちそうな眼鏡を上に戻し、睨みつけるような目付きでいった。
「仕方がないべ。間違ったんだから」
道男が強い口調で言い返した。
「こっちは、命懸けだっていうのにさ」
勝子がふくれっ面をしている。
勝子は、心身ともに疲れ、暫くその場から立ち上がることが出来なかった。
道男がグラスに三分の二ほど残っていたウイスキーを一気に飲み干した。まるで食道を熱い白湯が一気に流れ込んでいくようだった。
道男は、深呼吸を一つしてから勝子に訊いた。
「それで一斗缶は、どうした」
「佳代子の部屋だよ」
勝子がぶっきらぼうにいった。
「佳代子の部屋・・・」
「そう、婆ちゃんに見つかったから、佳代子の部屋へ投げ入れたの」
「それで・・・」
「あんたの部屋から持ち出したっていたんだけど」
「ばれたか」
「ばれるも何もないっしょ。別に悪いことしているわけじゃないし。婆ちゃんの認知症が進んだから、こうしたといったら分かったみたい」
道男は、腕組みをして黙って聞いていた。
「佳代子が出掛けたら下ろすからといっといたよ」
「それで、婆さんはどうした」
「今、部屋に入ったから、それで私が下りて来たんでしょ」
道男が天井に目を走らせた。一斗缶が無くなっていることに気づき大騒ぎになるだろうと思った。

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