溝鼠-228目配せをしながら [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]

道男の後を追うようにして3人は病室に入った。
部屋に入ると、白い上下のユニホームを着た30前と思われる男性が、道男を抱えてベッドに寝かせようとしていた。胸の名札には、理学療法士と書いてある。
3人は、ベッドを取り囲むようにして立っていた。
道子が理学療法士が出て行った後に道男に声を掛けた。
「お父さん・・・」
道子には、いつもと何ら変わりのない道男に見えたが、目が、死んだサカナのように見えた。
「元気じゃない・・・」
光子がいった。
「「お父さん。分かる。光子、ご無沙汰してたね」
道男が光子の顔をじっと見ている。
「分からないのだろうか・・・」
光子が道男に顔を近づけた。
「お父さん、光子だよ。分かるよね」
勝子が声を掛けた。
道男が小さく頷いた。
「なんだ、分かるんでしょ」
光子が頓狂な声を上げた。
「そりゃ、分かるよ。馬鹿じゃないんだから」
勝子が道男の頭を撫でながらいった」
道子がクスッと笑った。
光子が、道男の体に掛かっている掛布を直した。
「お父さん、リハビリーどう。続けていけるかい」
光子が訊いた。
「続けないと話せないしょ。ねえ~」
勝子が、そういって道男の顔を見てほほ笑んだ。
道男は、黙っている。
「お父さん、朱美さんに男の子がいたよね」
光子が突然いった。
道子が慌てて
「お姉ちゃんの子供で渉っていたでしょ。その渉がね。社会人になったんだって」
光子がきょとんとした顔をしている。
勝子が光子に目配をしながら道男にいった。
「そうなの。渉が鉄工所に入ったんだって」
「工業大を卒業して地元の草木鉄工所へ入ったの」
光子が、微笑みながら道男にいった。
渉は、30歳になり草木鉄工所の課長に昇進している。
道男が黙って二人の話を聞いている。理解しているのかどうか分からない。
じっと天井を見上げている。

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