溝鼠ー230寝たきりだね [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]

外は、依然として土砂降りの雨が続いている。
「今日は、もう、回診の時間が終わったから、諏訪先生に会えないよ」
そう道子がいうと
「いいよ。会えなくたって」
光子が、そっけない態度でいった。
「どうして・・・、一度会ってごらん。兎に角、背格好や仕草がお父さんにそっくりなんだから」
「この世には、自分に似た人が3人いるっていうでしょ。だから、お父さんに似た人がいても何も可笑しくないでしょ。」
「そういつたらお仕舞いでしょ」
「私は、明日、帰るから」
「どうして」
「幸恵の子供をお父さんに預けて出てきたんだけど、風邪を引いていてね。それで心配なの」
「幸ちゃんも大変だね。子供がいるから・・・」
幸ちゃんとは、光子の長女幸恵のことである。今年25歳になる。22歳で結婚したが、結婚した相手が、酒癖が悪く3年で離縁した。3歳になる和恵という女の子が一人いる。
「子供の面倒を看てやらなきゃ、幸恵が可哀想でね」
「再婚しないの・・・」
「今は、考えていないらしいよ」
「本当に帰るの・・・」
「もう一度、お父さんの顔を見てから帰るよ。何かとあんたに世話を掛けるかもしれないけど頼むね」
「それはいいけど、来てすぐに帰るんだもの・・」
「明日帰るよ。列車の指定席も取ってあるしさ」
「そうなの。残念だね」
雨や風が止む気配がない。街路樹のナナカマドの枝が、風に煽られて今にも折れそうだ。
「お父さん、良くなるといいんだけどね」
道子が、心配そうな顔でいった。
「この病気は、本人のやる気でしょ」
「・・・」
「リハビリ、続けられるかどうかで決まるんでしょ」
部屋の中は、何となく仄暗く、窓に打ち付ける雨の音と、それに部屋を閉め切っているせいか蒸し暑く、息苦しく感じられた。
光子がバックからハンカチを取り出し首から胸にかけて吹き出た汗を拭い取っている。
「出来るだろうか・・・」
道子が訊いた。
「あくまでも、本人次第だよ。やらなきゃ・・・」
光子が拭き終わったハンカチを四つ折りに畳みながらいった。
「やらなきゃ、寝たきりだね」
道子がいった。
二人が顔を見合わせた。
「そうなったら、お母さん大変だよ」
道子が心配そうにいった。

二人の間に少しの間沈黙があった後光子がいった。
「ここの病院代幾ら掛かるの」

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