倫子の言葉が吉次の胸に刺さったー(24) [現代小説ー灯篭花(ほうずき)]

杏子は、吉次をこれまでにした理由を知りたかった。
「爺ちゃん、もっと詳しく話してよ。それでなければ力になれないわよ」
吉次は、一週間前の出来事を話した。
八月の末ともなると夜風は涼しさを通り越し肌寒くなっていた。
午後の七時を少し廻った頃で外は薄暗くなっていた。吉次が居間でテレビの野球中継を見ていると二階から倫子が下りてきた。
「爺ちゃん、金蔵さんから電話があって話があるから来てくれって」
吉次は先ほど電話があったのを親子電話で知っていた。
金蔵は吉次の姉の子供である。
「話ってなんだ」
「知らない」
「何の話か聞かなかったのか」
「爺ちゃんに話があるって。そういって直ぐに電話を切ったよ」
「俺に直接電話すりゃいいのに」
「何かお願いがあるらしいの、直接会って話したいって」
「お願いなら、自分から来るのが筋じゃないか」
吉次が渋い顔をした。
「金の話は駄目だぞ」
それを聞いて倫子は笑った。
甥の金蔵は町外れの町営住宅に住んでいた。一度結婚したがギャンブル好きの金蔵に愛想をつかし女は出て行った。仕事が休みのときは一日中パチンコをしている。競馬が始まるとわざわざ二時間半ほどかけて草間市の場外馬券売り場まで足を運ぶ。それほど競馬が好きで夏冬のボーナスのすべてを競馬に注ぎ込んでいた。
幸か不幸か子供がいなく金蔵も女に束縛されるのが嫌いな性質で再婚の話もあったがその気がなくいつの間にか五六歳になっていた。
「暗くなってきたし、金蔵さんのところまで送って行くよ」
「そうか、すまんな」
倫子が二階の光一に声を掛けた。光一が二階から下りてくると
「爺ちゃん、送って行くよ」
「散歩がてら私も乗って行く」倫子が嬉しそうに言った。
吉次は、金蔵が俺に話があるとは珍しいことだと思った。
吉次は、金蔵に前からギャンブルは止めろと言ってきた。金蔵はその言葉に耳を貸さなかった。
その金蔵が話があるという。どのような要件か。吉次は車の中で色々と思い巡らした。ギャンブルでサラ金から借金をして金を貸してくれと言うのかそれとも縁談話でもあって所帯を持ちたいというのかあれこれ考えてみたが分からなかった。
車の中で吉次は無言であった。
間もなく町営住宅が見えてきた。同じつくりの住宅の窓から電灯の光が見えた。
金蔵の家は旧町営住宅のほうで家賃も最近出来た町営住宅よりも少し安く入る事が出来た。新しい住宅には風呂がついているが旧住宅には風呂がなくその分安い家賃で入居できた。築二十五年は経っておりそろそろ建て替えの時期に入っていた。
車は四棟続きの一番端に建っている道路際に止まった。
「ここか:、よく知っているな」吉次は光一に言った。
「二、三回来たことがあるなあ」倫子に向かって光一が言った。
「以前、正月や神社のお祭りの時に婆ちゃんが金蔵さんは独り身だからと言って赤飯や煮物それに正月にはおせち料理を持って行ったでしょう」
「そうか:」
吉次にはその記憶がなかった。
金蔵の玄関先に立つとカップラーメンなどインスタント物が入ったゴミ袋が散乱していた。吉次が大きな声で呼んだ。
「金蔵いるか」
返事がなかった。今度はドアを二度ほど叩いた。すると中から声がした。
ドアが開き金蔵は寝ていたのか寝ぼけ顔であった。
「寝ていたか:」
「ああ、一杯飲んだらいい気分になってつい寝込んでしまった」
そう言って倫子と光一に気付き
「二人とも入れよ」金蔵は玄関のドアを広く開けた。
家の中は独身のせいか散らかり放題で異臭が漂っていた。
「よく蛆虫がわかないな。少しは掃除をしたらどうだ」
「ああ、これでも一週間に一度は片付けているよ」
金蔵はそう言ってにやりと笑った。
吉次は座る気になれなかったが進められた薄汚い座布団に坐った。
倫子と光一は今にも壊れそうな長椅子に腰を下ろした。
「インスタントコヒーならあるが飲むかい」
「何にもいらねえ。話ってなんだ。金か・・」
吉次は言われえる前に断わろうと思っていた。
「焼酎ならあるよ。やるかい」
「俺は飲まねえ」
「倫ちゃん、コーヒ―飲んでくれよ」
光一はただ笑っていた。
金蔵は先ほど飲み残したコップに焼酎を足しそれに口を付けた。
「話って何だ」吉次はどうせ金の無心だろうと思った。
「実は、叔父さんもそろそろ年だし体が動く前に家と土地を倫ちゃん達に譲ったらどうかと思ってね」金蔵はそういって倫子のほうをチラッと見た。
倫子も光一も平然としていた。
吉次は金蔵の次の言葉を待った。
「叔父さん、年齢を考えてみろよ。八〇歳になったんだろう。
そろそろ遺言書を書き残して置く歳でないかい」

吉次は一瞬胸が張り裂けるような気持ちになった。どうしてこの甥っ子にそのようなことをいわれなければならないのか吉次は倫子に目をやった。倫子は俯いていた。
「倫子、おまえら二人して仕組んだのか」
「そんな:仕組んだなんて私達が幾ら言っても爺ちゃんが分らないから」
「何が分からないだ。お前らのほうが俺の気持ちを分かっちゃいない」吉次は出来るだけ冷静にと静かに言ったつもりだが語気は鋭かった。
「話を聞いたら杏ちゃんは、家と土地については相続を放棄して倫ちゃんに譲ると言っているそうだが」
「杏子が勝手に言っていることだ。俺は知らん」
吉次は珠子が入院している。そのことが頭にあった。
「いずれにしても叔父さんが死んだら家と土地は倫ちゃんのものになるなら早めに名義変更しても良いんじゃないかい」
「だから誰が倫子に譲ると言った。俺はやるとは言ってないぞ」
金蔵は倫子夫婦のほうに顔を向けた。これじゃ話にならないといった顔をした。吉次にしてみれば自分と珠子が作り上げた財産だ。甥っ子にあれこれと指図されることなどない。
「爺ちゃん、婆さんの面倒を看ているのは誰だと思っているの」
倫子のこの言葉が吉次の胸に刺さった。何を言っていると一喝してやりたかった。

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