亡魂ー3親指の先が痛むのか

キネが、先ほどから浴衣を縫っている。近所から頼まれたものだ。若い頃から手先が器用で、キネの母が近くの裁縫の先生に御願いして習わせた。
腕が良く近所でも評判になった。仕事は、潤沢にあったが、最近は、年のせいか、目が悪くなり浴衣に限って縫っている。
時々、手を休め幸三に話し掛ける。
「丁度今頃だったよ。覚えてないかい」
幸三は、思い出せなかった。
「覚えてないな・・・」
爪を切る音がする。
「どうして、今頃そんなことを思い出したの」
幸三が、爪を切り損ない,
「あっ」と声を上げた。
「この間から、なんかさ、知らないけど、そのことが気になって仕方がないの」
「夢でも見たのか」
幸三は、親指の先が痛むのか顔を顰めながら何度も押さえている。
「夢ならいいけどさ、なんか、頭から離れないの」
「そのうち忘れるさ」
キネが、口元を少し歪め、白地に赤いバラの入った浴衣を両手で左右に引っ張り、手を動かした。

5月に入ると遠くの小高い丘に、白木蓮の花が咲き誇る。その景色は、まるで残雪が残っているかのような錯覚を覚える。
キネが、時々、手を休め、遠い目をしてその景色に目を遣っている。

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