溝鼠ー209大人なら [現代小説ー灯篭花(ほおずき)]

「東京・・・」
「そう、渉を連れて帰ってきたの」
「連れて帰って来たって、子供じゃあるまいし」
「帰らないっていうもんだから強引に連れ帰ってきたの」
「お父さんによろしくいっておいて。それじゃね。また電話するから」
電話が切れた。
どうしよう。佳代子の手紙の件を持ち出せないでいるのに、今度は、椰季子だ。
勝子が、電話台の前えでポロシャツの上から佳代子の手紙を両手で確りと握りしめ、棒立ちになっている。
道男が寝室から出てきてソフアーに腰を下ろした。
「電話か・・・」
「そう、椰季子から」
反射的に口から出た。しまったと思ったが既にもう遅い。
「椰季子、昨晩帰ってこなかったのか」
「0時まで待ったんだけど帰ってこなかったの」
「今、何処にいるんだ」
「東京だって・・・」
「東京・・・」
「そう」
「東京って、本州のか」
「そう」
道男が、ぎょろりと目を剥いた。眉間に皺をよせ口を尖らせ勝子を睨みつけた。背もたれから背を離し今にもソフアーから立ち上がらんばかりである。
「一体全体、この家の子供たちはどうなってんだ」
「・・・」
「佳代子は、欧州へ行ったまま未だに帰ってこない。何も連絡がないのか」
勝子は、右手を胸に当てポロシャツの中の手紙を確りと抑えた。
「佳代子といい、椰季子といい勝手なことばかりしやがって」
「もう大人なんだから」
勝子は、そういうのが精一杯だった。
「大人なら、何でもやっていいのか」
道男の様子が普通ではない。
「そこまでは・・・」
勝子は、じっと堪えた。佳代子と椰季子の顔が目に浮かんだ。

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