現代小説ー灯篭花ほおずき) ブログトップ
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疑念が残ったー(116) [現代小説ー灯篭花ほおずき)]

スナック「彩」のママが、いつもの様に咥え煙草で煙を燻らせ氷を割りながら塚本ユミに話し掛けた。
「倫ちゃんに会う」
最近、倫子がどこを根城にして飲み歩いているのか皆目わからなかった。
「そう言えば、噂をきかないね。どうしてるんだろう」
逆にユミがママに訊いた。
「入院でもしているんだろうか」
「まさか、そんなら私の耳に入るよ。ママ」
「そうだよね。こんな小さな町だもね」
ユミは、病院間での看護師同士の知り合いも多い。
「まさか、寝込んでいるわけじゃないよね」
「ママ、心配することないよ。金はあるし、いざとなったら長浜でも草間でもどこの病院でも受け入れてくれるよ」
「そうかい。金の世の中だね。金がなければ助かる命も助からないよね。金がないということは実に悲しいことだね」
ママが我が身を振り返るかのように言った。
「ママさ・・・、私ね、前から気になっていたことがあるの」
「何さ」
ユミが水で割ったりウイスキーのコップに口を付け一口飲んだ。
「旦那さんが亡くなった日のことだんだけどさ。倫ちゃんが電話をしているところに偶然いたの」
ママは、ユミがこれから何を話すのか興味ありそうな顔でユミの目をじっと見ている。
「私さ、悪いと思ったんだけど、それとなく聞いちゃつたの」
「どんなことさ」ママが早く話せとと言わんばかりである。
「あの日、旦那が長浜市内で仏壇を買って來ることは、倫ちゃんから聴いて知っていたんだけどさ」
「それで・・・」
「なんでも、今晩、焼肉パーテイをするから「肉の鎌形」から肉とホルモンを買って來るよう頼んでいたらしいの」
「それがどうしたのさ」
「その後なんだけどさ、旦那さんは、焼肉と焼酎が大好きでしょ」
「うん。知ってる」
「鎌形って言ったら隣がパチンコ屋でその隣が焼肉屋でしょ」
「倫ちゃん、くれぐれもその焼肉屋には、絶対に寄らないようにと何度も何度も念を押しているの」
「そりゃそうだよ。車だもの、飲んで事故でも起こされたら正月も何もないべさ」
「そうじゃないのさ、諄いほど旦那に話しているの。聴いていたら、なんだか焼肉屋に寄りなさいと言っているように聴こえたの」
「まさか、いくらなんでもそんな事ないべさ」
「私の考え過ぎかな・・・」
ユミが頭を傾げた。
「そうだよ。だって自分の夫だよ。事故を起こして死んでしまったらどうするのさ」
ママがそう言って笑った。
「だって、死んだでしょ。その代償に一億の保険がおりたでしょ」
ママの笑いが止まった。
「まるでテレビじゃない」
「それでもあり得ないかい」
ママが言葉に詰まった。
「何度も念を押していたのかい」
「そう、その言い方が私には、寄りなさいって聴こえたの」
ママは、自家用のウイスキーの瓶を取り出し水割りを作り飲んだ。
ふーっと息を吐きカウンターの中にいつも置いてある丸椅子に腰を下ろした。
「ママさ、子供ってさ、危ないところへ行くなと言うと親の知らないうちに危険な場場所で遊んでいるでしょ。止めなさいと言われたら尚更やりたくなるもんじゃない」
「それは、子供でしょ」
「大人も同じよ。好きなものは直ぐ食べたくなるものよ」
「大人には、理性があるしょ」
「魔が差したのかな」
ユミは、未だ疑念が残った。

本当は、寂しいよー(115) [現代小説ー灯篭花ほおずき)]

倫子は、受話器を力任せに置いた。ガシャンという衝撃音が家中に響いた。腹の虫が治まらなかった。
「馬鹿野郎ってんだ。姉妹二人の前に預金通帳を出せって。親の面倒も看ないくせに何をぬかす」
定男の言葉が耳から離れなかった。
それに十年間の預金通帳を見せろと言った。これにも倫子は腹が立った。自分を疑いの目で見ている。
「婆ちゃんと爺ちゃんの世話をしたのは、わしだ。幾ら姉妹だって、こっちが全て貰う権利がある。二人の面倒も看ないで財産をくれとよくも言えたもんだよ。全く、笑っちゃうよ」
倫子は、額に皺を寄せ鋭い目つきをしながら台所へ行き食器棚の前に立った。一番下の観音開きの戸を乱暴に開き酒の入った一升瓶を取り出した。コップに半分ほど注ぎそれを一気に飲み干した。
「ふざけやがって」よほど腹が立ったのか、一升瓶を左手に、右手には酒の入ったコップを持ちぶつぶつ独り言を言いながら仏壇の前に座った。
「杏子の馬鹿がさ。金が欲しってさ。欲たかりが」倫子は、光一に話し掛けた。
否応なしに母の遺骨が目に入る。何故か遺骨が大きく見える。自分の前に迫ってくるようだ。
「あんた、やっと終わったね。婆さん、そっちへ行ったからさ、早く冥途に連れて行ってよ」
光一の写真に向かって話し掛けているがどうしても吉次の顔写真が目に入る。
「爺ちゃん、婆ちゃんがそっちへ行ったよ。迎えに来てやんな。迷ったら可哀想だからさ。分かった」
倫子はそう言って吉次の写真を裏返した。すると張りつめていた緊張感が如何いう訳か体から自然に抜けていくのが分かった。そのまま、その場にへたり込んだ。胡坐をかき左側に一升瓶を置き右手にコップを持ち酒を口に運んでいる。
光一の遺影を見ながら
「みんな・・・そっちに行っちまったよ。わし一人りだ。なあに一つも寂しくねえ。あんたがいるからさ」倫子の両目から大粒の涙が頬をつたい流れ落ちた。
「金は、あるからさ。心配いらね。一人りでも食っていけるから。かね、かね、かね。人間って馬鹿だね。こんな紙切れに振り回されてさ」
倫子が、珠子の遺骨が乗った経台の脇に置いてある香典袋を左手に持って光一の写真に振って見せた。優しい眼差しで微笑んだ光一の上半身の写真が倫子に微笑みかけていた。脇に置いた箱に手を伸ばし鷲掴みにテイッシュペーパーを引き出し、それで鼻をかんだ。
コップ酒に口を付けた。口いっぱいに含み飲み込んだ。
「今日の酒は、旨いよ。あんたがいたら焼肉だね。懐かしいね。あの頃が。毎日焼肉だったもんね。子供たちも一緒になって良く喰ったね。あのころは、あんたも元気でね。あんたの顔が見えるよ。・・・馬鹿だよ。本当に馬鹿だよ。あんたって人は。・・・冬道に酒を飲んで車を運転するなんてさ。・・・大馬鹿だよ。生きてりや・・・何ぼでもいいことがあるのにさ・・・」
倫子が涙に咽んでいる。気持ちの高ぶりを抑えることが出来なかった。
空き腹に酒を入れた。いつもより酒の回りが早い。腹が空いてきた。台所までよろけながら歩き魚の干物を手当たり次第に手に持って仏壇の前に座り直した。
「さあ、あんた、わしと一杯やるべし」倫子は、そう言いながら湯呑茶碗に酒を注いだ。
「さあ、飲んで・・・」
湯呑茶碗を仏壇の前棚に置いた。
倫子が、またコップ酒を口に含み飲み込んだ。するめの入った袋を破き中から一枚取り出し足に嚙り付いた。なかなか噛みきれない。
「あんた、わしはね。本当は、寂しいよ。・・・人間ってさ、寂しいもんだね・・・特に一人でいるってことは。・・・こんなにも寂しいもんだとは思わなかったよ」
倫子は、身に染みたのか感慨深げに言った。
「わしのどこが悪いんだろうね。みんなわしから離れて行くよ。金をやると来るのかね。
人は、みんなずるいね。自分が得することなら尻尾を振って付いてくるが、少しでも損すると思うと、みんな逃げていってしまう。汚いね。人間って奴は。欲張りでずる賢くて、人を騙すのが上手だね」
コップに酒を注いだ。煮干しを一本摘み口に放り込んだ。それをボリボリ噛んだ。塩辛い味が口の中に広がった。口の中は、噛み砕いた煮干しが唾液を吸い込み乾いた。酒を含み口の中で二度ほど遊ばせた。口の中に挟まっていた煮干しが口の中で泳いだ。それを飲み込んだ。また一本口に放り込んだ。少しの間煮干しを噛み砕いていた。光一の写真をじっと見詰めていた。それから酒を口に含み飲み込んだ。
「あんたをさ。死なせたのはわしだね。本当は、わしが悪いんだよね」
倫子の目から涙が流れ落ちた。

灯籠花の連載を8月末まで休止させて頂きます [現代小説ー灯篭花ほおずき)]

夏休みで8月末まで休止いたします。悪しからず御諒承ください。誠に申し訳あるません。
再度、連載開始の折には、再度ご支援のほどよろしくお願いいたします。

                              平成26年8月12日              
                                 籐山博康

仏壇送りますかー(114) [現代小説ー灯篭花ほおずき)]

和夫が、腹を摩りながら居間に戻った。
「薬飲んだから大丈夫だべ」
叔母にそう言った。
「和夫、帰るのかい」
「ああ、今日、帰る。あした会社に出る」
「もう一晩泊まったらどうなのさ」
「いや帰る。叔母さんは、家に帰りたいだろうから」
叔母が倫子の顔をちらっと見た。倫子が口をへの字に曲げたのを見逃さなかった。
和夫は、金蔵から話しを聞いて安心した。母の財産は、園子に渡っていない。俺が心配しなくても母が管理している。今のところは安全だ。
二人は、その日の昼近くに華林町を発った。
独りになった倫子は仏間に背を向けテレビを見ていた。しかし、その目は、どこか上の空目であった。
葬儀に掛かった経費の明細を送れと逆に杏子に言われた。苦虫を噛み潰したような顔をしている。簡単に杏子から50万円を詐取出来ると思ったがそういかなかった。仏壇の線香が消えていた。経台の上には、線香から落ちた灰が香炉の中に落ちずに外へ散らかっていた。
金糸銀糸のカバーで覆われた珠子の遺骨は、夜とは違ってどこか重々しく堂々として見えた。その遺骨がじっと倫子の背を見詰めていた。
倫子が突然立ち上がり二階へ行き押し入れに仕舞った金庫を取り出した。それを持って居間に戻りテーブルの上に置いた。整理箪笥の引き出しから鍵を出して金庫を開けた。中から領収書を取り出しさらに中を調べた。一冊になった請求書を見つけた。それには、葬儀社の印鑑が押印されてあった。倫子がほくそ笑んだ。まさかと思っていたが葬儀屋が忘れたのだ。細かいものは、葬儀全般が終わった後、後日清算するが会場で互いに話し合いながら請求書をその場で書くこともある。それで忘れたのだ。倫子は、請求書の水増しを思いついた。
杏子は、こちらが支払った領収書の控えを送れとは言わなかった。倫子は請求書を書き始めた。ある程度信憑性のある請求書にしなければならない。領収書の金額の大きなものを選びだした。その領収書を見ながら請求金額を水増しした。50万円を水増しするには、結構手間が掛かった。書き終わってから倫子は満足そうな顔をして昼食を摂った。
暫く休んでから午後の3時過ぎに杏子に電話を入れた。杏子は、外出していた。電話には、定男が出た。
「お兄さんですか、先ほど姉に話しましたが請求書の写しを送りますのでよろしくお願いします。それに、銀行から預金口座凍結解除の申請書類を提出するよう言われましたので送りますので印鑑を押して返送してください。よろしくお願いします」
倫子が恐縮そうに言った。
定男は、吉次の葬儀の時から疑問に思っていたことを倫子にぶつけた。
「爺ちゃんの時もそうだったけど、婆ちゃんの財産は、幾らあったの。葬儀代は、葬式の香典だけで支払うものじゃないよね。姉妹二人の前に婆さんの預金通帳などすべての財産を出して二人でそれをどうするか相談し合うのが本当じゃないの」
それを聞いた倫子が
「通帳を見ましたが幾らもないんです。残金を足しても足りないんです」
倫子が大きな声で言った。
「あなたは、婆ちゃんの生きてる間に、ほとんど口座から降ろしたんじゃないの。婆ちゃんが倒れてからの10年間分の通帳を見せてください」
倫子の態度が豹変した。
「そんなに、金、欲しいですか。小林さん、仏壇送りますか」
定男は、驚いたと同時に倫子の化けの皮が剥がれたと思った。
倫子は、そう言って電話を切った。
杏子が買い物から帰って来た。笑っている定男に訊いた。
「何を笑っているの」
「電話が来たよ。華林町から」
「何って・・・」
「請求書の写しを送るって、それに銀行が通帳の払い出しを止めたので、こちらで印鑑を押して返してくれってさ」
「それでどうしたの・・・」
「まず、婆さんが幾ら持っていたのか何から何まで全部出して欲しいって。今まで婆ちゃんの財産を管理していたのは、あの方だ。通帳があるだろから、婆ちゃんが倒れた時から10年間遡って通帳を見せて欲しいと」
「そうしたら、何って言ったの」
「小林さんだってよ。今までお兄さんと言っていたのに。その後に言った言葉には俺も驚いたよ。仏壇送りますかだってさ」
杏子は、倫子の言いそうなことだと思った。
「それでどうしたの」
「先方がガチャンと電話を切ったよ」
杏子は、苦笑した。
「あの方は、自分の非を自ら認めたんだよ」
「これで、良かったのじゃない。倫子とも今後、付き合うこともないし」
「それにしても、金は、人間を変えるというが本当だな」
「もともと、そういう素質があったのよ。驚く事もないわよ」
杏子がさばさばしたのか嬉しそうに笑った。

一筋の涙がー(113) [現代小説ー灯篭花ほおずき)]

園子が、夕飯の後始末を終えて、ダイニングテーブルの椅子に座り茶を飲んでいた。
紀夫が長椅子に仰向けになり両足を投げ出して夕刊を読んでいる。居間のテレビにニュースが流れていた。
葬儀から帰って来て一日が経った。園子が紀夫に話し掛けた。
「金蔵さんに会えばよかったわね」
紀夫は、何も言わずに新聞を読んでいた。
和夫は、一千万の話しを既に知っている。それに金蔵にお願いしたことも知っている。
金蔵に会うと母と和夫に会わなければならない。そうなると話が面倒なことになる。金蔵にすべてを任せてある。余計な事をしないことだと思った。
園子は、葬儀場で金蔵に会い良い話でも聞けるのではとの淡い期待を抱いて出かけたが金蔵の姿さえ見ることが出来なかった。
「金蔵さんに電話してみようか」
「先方には、恐らく、俺たちに会えない事情があるんだろう。そうでなければ、とっくに連絡が来てるさ」
「これ以上待っても駄目ね。私が軽々しく金蔵さんに頼んだのがいけなかったんだわ」
紀夫は何も言わなかったが当然の成り行きだと思っていた。
園子の母親に直接会ってお願いするのが筋である。一千万円だ。はした金額ではない。俺には担保もないし保証人もいない。それに第三者を介して一千万円を貸してくれと頼む込む方がどうかしている。逆に金蔵さんに迷惑を掛けてしまったと紀夫は思った。
園子は、紀夫が入籍をしてくれたのは、一千万円が確実に入るものだと信じて入籍をしてくれたのだと思った。
「まあ、考えてみると一千万だ。そうやすやすと、貸してくれるれるところなんぞ、どこにも無いな」
「うちの母には、困ったものだわ。お金がないのなら頼まないけど。持っているのにさ」
紀夫が苦笑した。
「俺たちが甘えたのが良くなかったんだ。世の中、そんなに甘くないってことさ」
紀夫が納得した顔で園子に微笑みかけた。
園子は、まるで自分が紀夫を騙して入籍させたとの気持ちが心の隅に残っていた。
そのために帰って来てからは、紀夫の顔色を始終窺うようになった。園子はこんな自分が嫌になった。葬儀から帰って来て一日しか経っていないのに胸が苦しくなって来た。
「私が紀夫さんを騙したようなものね」園子が思い切って言った。
「何を・・・」
「入籍したこと」
「馬鹿なこと言うなよ。まるでお前を一千万で買ったような言い方するなよ。前から考えていたことだ」
その言葉を聞いた園子は、椅子から立ち上がり紀夫に背を向け水道の蛇口を捻った。水が大きな音を出して,
いっきに流れた。園子は、胸が熱くなった。嬉しかった。目頭から一筋の涙が流れた。何も言えず心の中で紀夫に「有難う」と言った。
収納棚から二つコーヒーカップ出しインスタントコーヒを淹れた。それを持って長椅子の前のテーブルに置いた。
紀夫が、そのコーヒーの臭いに誘われて椅子から起き上がり美味そうに一口飲んだ。

葬儀屋に支払う金が足りないー(112) [現代小説ー灯篭花ほおずき)]

電話が鳴った。
杏子は、二階の八畳間を掃除していた。掃除機の音が階下にまで鳴り響いていた。先ほどまで階下の風呂場や居間それに六畳間などの掃除を終えたばかりである。杏子は、最近、歳のせいか重たい掃除機を持って二階に上がるのが億劫になった。夫婦二人である。普段、二階は、ほとんど使わない。正月に息子夫婦が孫を連れて遊びに来て泊まって帰るぐらいである。澄子は、独身である。大晦日から元旦に掛けて一泊してさっさと帰ってしまう。二人の子供が、それぞれ独立して家をでたら、二階は不用なものになった。今では、一階で不要になった物を、一つ、二つと二階に運び上げ今では、まるで物置きのようになっている。処分してもよさそうなものだが、定男がまた必要になる時が来るからといって捨てるなと言われ使いもしない健康器具まで置いてある。更に天気の良い日などは、洗濯物の干し場になっている。
しかし、二階には、二人の子供時代の手垢やそれに匂いが四方の壁、納戸や押し入れなどに染み着いて部屋中に漂っている。二階に上がると小さい頃の二人の子供のことが思い出され心が和む。杏子は、部屋の隅々まで掃除機を掛けながら思い出し笑いをしている。
その楽しみがあるから、杏子は、重い掃除機を持って、月に二度は二階へ上がり掃除機を掛ける。
階下から定男の大きな声がした。
「電話だよ。華林町から。切り替えるぞ」
杏子は、掃除機の電源を切った。親子電話だ。下で切り替えると二階に繋がる。
受話器を取ると倫子からだ。
「香典の上りを計算したら、意外と少ないの。葬儀屋に支払う金が足りないから少し手伝ってよ。50万ほどだけどさ」
50万円と聞いて杏子は驚いた。
「香典は、幾ら集まったの」
「掛かった経費は、香典返しや、坊さんに包んだ金やら、なんだかんだで250万ほどになったべさ」
倫子は、集まった香典の総額は言わなかった。
「葬儀が少し立派過ぎたのよ。家族だけの葬儀で十分じゃなかったの」
華林町は、地方色の強い町である。そのせいか何事にも世間体を気にする。特に、漁師町だから祭りなどの催事は、昔から借金をしてまで盛大に執り行ってきたものだ。
「仕方ないべさ。隣近所や親戚の手前、恥ずかしい葬式などできるわけないっしょ」
「婆ちゃんだって歳だもの、あんな立派な葬儀など望んでいなかったわよ」
「今更、そんなこと言ったってしょうがないべさ」
「それはそうだけど、なぜ私と相談しなかったのさ。言わせてもらうけど、爺ちゃんの時も私に何も相談なく勝手に決めたでしょ」
「なに言っての。喪主に施主は、わしたちだべさ」
杏子は、だからと言って全く相談なくして執り行って良いものかと思った
「兎に角、50万出すの出さないの」
「相談してみるわよ。その前に、葬儀屋の請求書や葬儀に掛かった明細の写しを送って頂戴。それからどうするか決めるから」
「なんで、そんなものあんたに送らなきゃならないのさ。50万足りないって言ってるべさ。わしが信用できないのかい」
「そうわ言ってないけど、主人に見せなければならないでしょ」
倫子が一方的に電話を切った。
倫子は、いつも自分に分が悪くなるとこのような電話の切り方をする。
葬儀屋等の明細書を送るとも何とも倫子は言わなかった。
杏子が二階から降りてきた。
「葬儀代を50万円出せっていうの」
テレビを見ていた定男が杏子を見てニヤリと笑った。
「いつもの手だな」
定男は、倫子のやりそうなことだと思った。
「本当に50万足りないのかどうか分かったものじゃないぞ」
杏子もそう思った。
「だから葬儀に掛かった明細書の写しを送って頂戴と言ったら、ガチャンだって」
「また、一方的に電話を切ったのか・・・ほっとけよ」
定男が、無視すれと言っている。杏子も考えたが、話していることが事実なら明細書の写しが送られてくるだろうと思った。

倫子は、電話を切った後、額に皺を寄せながら「馬鹿にして。足りないから足りないって言ってるだろ」と大きな声をだした。
叔母が、二階から降りてきた。
「何かあったのかい」
「杏子さ」
叔母は、理由を訊こうと思ったが、余計なことには、口出しをしないことだと思った。
「ああ、そうかい。わしは、また、誰か来てその人と喧嘩でもしているのかと思ったよ」
叔母が仏壇に目をやった。線香も蝋燭にも火が灯っていなかった。
和夫は、昨夜、午前様で帰って来た。二階で未だ寝ていた。
「和夫は、遅かったのかい」
「朝方に帰って来たようだよ」
「今日、帰れるのかね」
「もう少し寝かせて置くから。帰りの運転、危ないべさ。何だったらもう一晩泊まって行ったらどうだべ」
「和夫は仕事があるんじゃないかい」
「起きたら聴いてみるべし」
倫子は、昨夜、和夫が、金蔵と何を話したのか気になった。
叔母が洗面所に立った。
その後、仏間に行き水の入った湯呑を盆に上げて台所へ来た。煎茶を探したが見つからない。うろうろしていると倫子が
「叔母さん、わしがするから座ってなよ」倫子がお六膳の用意をした。

和夫が、昼近くになって二階から腹を摩りながら下りてきた。具合いが悪そうだ。
「胃の薬、ないべか」
倫子は、薬箱から売薬の胃腸薬を一包取り出し和夫に投げた。和夫が足元に落ちた胃腸薬を拾い台所へ行った。
「相当、具合が悪そうだね」叔母が台所の方を見ながら言った。

息せき切って店に入って来たー(111) [現代小説ー灯篭花ほおずき)]

会議が終わったのは午後の9時半ごろだ。金蔵は、今頃、和夫は、酔いつぶれて寝てしまったであろうと思った。しかし、一応電話を入れてみた。
「金蔵さん」電話に出たのは和夫であった。金蔵は、驚いた。先ほどの様子では、酔いが回り和夫の歩き方が危なっかしかったからだ。
「ああ、起きていたのか」
「ああ、会議終わったんだ。それじゃ、俺さ、これから行くから、場所を教えてよ」
金蔵は、行きつけの居酒屋「とんこ」を指定した。和夫は、その場所は知っていた。
金蔵は「とんこ」へ向かった。金蔵は、どのような相談なのか皆目分からなかった。
港に向かうと、沖合から吹いてくる心地よい涼しい潮風が顔を撫でた。係留された漁船が、ゆりかごのように静かに波間に漂っていた。潮の匂いは、嫌いではないが、港の中のギラギラと油で汚れた海水の臭いは好きになれなかった。それでも潮風には、一日に一度は当たりたかった。店から港まで近かった。それで用事もないのに港まで行って、沈む太陽を眺めながら今日一日の事を振り返っていた。
波止場の前に数本の街灯が立っている。その街灯の明かりが辺りを照らしていた。風は、日が落ちるとひんやりとして心地よかった。金蔵は、その風で疲れた頭を冷やした。
「とんこ」で和夫を待っていると間もなく和夫が現れた。
「金蔵さん遅くなって申し訳ない」和夫が、息せき切って店に入って來た。頭をペコンと下げた。
「いやに早いな。走って来たのか。」
和夫が、はあはあ言いながらカウンターに座っている金蔵の横に座った。
「まあ、時間はある。ゆっくり話を聴くべ」
和夫は、金蔵が出て行った後、酒を口にしなかった。30分ほど眠ったが、金蔵との約束が頭の隅に残っていたので熟睡は出来ずうとうとしていた。
「話って何だ」金蔵の方から訊いた。
店に客が一人いた。カウンターに臥せって眠り込んでいた。
その姿を和夫が横目でチラリとみてから話し出した。
「金蔵さん、昨夜の通夜に、どこかで園子の姿をみたかい」
「いや、みてねえ」
「病気にでもなったかな」
「園ちゃんに、連絡しなかったのか」
「俺は、してねえけど」
「誰か、連絡しているべさ」
「それとも、お袋と何かあったのかな」
「・・・・・」
「いや、金蔵さんに訊いたって分かるはずがないよね」
金蔵は、和夫の次の言葉を待った。
「恐らく、一千万円の事で喧嘩でもしたのか」
和夫は、金蔵が一千万円のことについて何か知っている筈だと思い訊いてみた。
「一千万円の事か。あれは園ちゃんの彼氏が会社を興すので、その資金として貸してくれとお袋さんに頼んだが駄目だった」
「それじゃ、貸さなかったんだ」
和夫がニヤリと笑った。
「だから、親父が死んだ時に遺産分割すればいかったんだ」
和夫は、口では、そう言ったが心の中では、しめたと思った。園子とお袋の間がうまくいっていない。
「お袋は、絶対駄目だと言ったのかい」
「梃子でも動かなかったな」
「なに、金蔵さんも園子に加担したのかい」
金蔵は、仕舞ったと思った。しかし、誰かに、本当のことを話しておかないと、巡り巡って話に尾鰭が付き自分が悪者にされてしまう。それでは堪らない。
金蔵は、これまでの一部始終を話した。最後に金蔵は、園子が、けして倫ちゃんの財産を欲しくて頼んだことではないこを付け加えた。
和夫は、金蔵の言葉を満足げな顔で終始にやにや笑いながら聴いていたが、徐にカウンターに置いた焼酎の水割りに初めて手を付け口に持って行った。

びっくりするじゃねえかー(110) [現代小説ー灯篭花ほおずき)]

倫子は、金蔵が来たならその時はその時だと覚悟を決めた。疲れのせいか酒の回りが早い。和夫も少し足元が危なくなっていた。
それから20分ほどして玄関の引き戸の開く音がした。
金蔵であった。
和夫が金蔵に入る様に手招きした。金蔵は、「お晩です」と言いながら背を屈め遠慮勝ちに入って来た。
和夫が自分と母との間に席を設けようとしていると叔母が
「わしは、疲れたから上で少し休ませてもらうよ」と言って二階へ上がって行った。
和夫が叔母の座っていた場所に金蔵を座らせた。
「倫ちゃん、ご苦労さんでした。疲れたべさ」
金蔵は、素面である。
倫子は、金蔵の顔を見ることが出来なかった。あれ以来、ずっと自分の気持ちの中に蟠りがあった。
「そうでもねえ。葬式慣れてってのかな。3回目だべさ。葬儀屋とも顔馴染みなったし、爺さんの時より疲れなえ」
「もうないべ、この家から葬式出すのは。なにせ3回目だもんな」
「当分、葬式は嫌だね」
倫子は、酒の入ったコップに口を付けた。
和夫が、台所からコップを持ってきた。そのコップに酒を並々と注いだ。
「さあ、金蔵さん。今晩は、とことん精進落としをやるべし」
「いや、そうもしていられね。今晩、商店会の会議があるんだ。それで飲めねえんだ」
「そう言わずに、一杯ぐらい良いだろうさ」
和夫は、コップから滴り落ちる酒を左の手の平で受けながら金蔵の前に差し出した。
「和夫。いやにサービスが良いじゃねえか」金蔵が笑った。
金蔵は、これまで和夫に酒を勧められたことなど一度もなかった。こちらの方から和夫に進めていたものだ、ちょっと会わないうちに随分と大人になったものだと思った。
「そんなことはないが、今晩は、金蔵さんと二人で、とことん飲みたいんだ」
和夫が何か意味ありげに笑った。
倫子は、その和夫の様子を見ていて、いつもの和夫と少し違うと思った。
何かお願いするときは、決まって和夫の方から積極的に相手に近づいてゆく。泣くかわめくかどちらかだが、今度は下手に出るようになった。和夫は、何を考えているのか倫子は酔った頭の中で考えた。また、競馬か女か金か、その中のどれかだと思った。
「和夫、お前、また何かやらかしたのか」
倫子は、競馬だろうと思った。また消費者金融から金でも借りて困っているのだろうと思った。
「何もねえよ」和夫は、そう言ってえへらえへらと笑っている。
金蔵が時計を見た。
「そろそろ、商店会へ行く時間だ。そういう訳で今日は御免するよ」金蔵が立ち上がろうとすると和夫が
「会議は、何時までだ。終わったらさ、一緒にスナックに行って飲もうよ」
和夫は、金蔵を離そうとしない。
「何か俺に話でもあるのか」単刀直入に訊いた。
「会ってから話すよ」和夫がコップの酒を溢しながら言った。
「急ぐ話しでねえなら、酔っていることだし今晩でなくても良いべさ」
金蔵は、酔った和夫の面倒など看たくなかった。
「頼みます。終わったら電話を下さい。待っているからさ」
倫子は、疲れと酒の酔いでごろんと横になってしまった。
金蔵が出ていった後で和夫が、仕出しの残りの入った段ボール箱を開け、腹の足しになるものを探していた。
「金蔵さん、帰ったのか」倫子がむっくりと起き上がった。
和夫の背後から声が聴こえた。
「びっくりするじゃねえか」和夫が驚いたのか目を大きく開けていた。
「少し眠ったよ」
「飲むの。もういい加減にしたら。明日、二日酔いで苦しむべさ」
「大丈夫だ。酒の一升や二升」
倫子が鼻の先でせせら笑った。
「水を一杯頂戴」
和夫が、台所へ行きコップに水を入れて持って来た。それを倫子に渡した。倫子は、一気に美味そうに飲んだ。
飲み終わってから和夫に言った。
「香典の上りが少なくて葬儀屋に払う金が足りないよ。如何しようかね」
和夫は、残った仕出し料理の煮物を食べていたが箸を止めた。
「俺に言われても困るよ」
「何とかしなければならないべさ」
倫子が、まじまじと和夫の顔を見つめていた。
和夫が慌てて箸を動かし残っている煮物を口に入れた。
「お前に金を出せなんって言わないよ」
倫子は、意味ありげに笑った。。

 俺は何とお人好しで馬鹿な男かと思ったー(109) [現代小説ー灯篭花ほおずき)]

どこの馬の骨かわからない男のために、金蔵が一千万円の保証人になるうとした。ふざけんじゃないよ。
金を借りたきゃ、幾らでも貸してくれる所があるだろうさ。きちんと頭を下げて挨拶に来るならまだしも金蔵を通して金を借りたいと言って来た。筋違いだろう。園子も園子だ。今まで、わしに結婚するような男は独りもいないと言っておきながら、それがなんと既に4年近くも同棲していた。よくも親に嘘を吐いていたものだ。どう考えても許せない。
倫子は、考えれば、考えるほど腹が立った。それに金蔵が肩入れした。金蔵も金蔵である。あんなお人よしの馬鹿な男だとは思わなかった。園子も馬の骨も金蔵も許せない。その怒りが倫子の心の中にあれ以来、ずっと息づいていた。
「何でよ。良いから呼ぶべ。いつもの様に3人で朝まで飲むべ」
和夫が携帯電話を胸ポケットから取り出し金蔵に電話を入れようとした。
「呼ばなくたっていいよ」倫子が大きな声で怒鳴った。
「俺は、金蔵さんと飲みてえんだよ」
和夫は、酒が入ると度胸が据わって來る。倫子に怒鳴り返した。和夫の気持ちの中には、どうしても金蔵を入れて三人で話したいことがあった。
金蔵は、珍しく自宅にいた。
「金蔵さん。和夫だけどさ、今、お袋と二人で飲んでいるんだが是非金蔵さんと飲みてえんだ。こっちへ来て一緒に飲もうよ。待っているから」和夫は一方的にそう言って電話を切った。
「来るってかい」倫子が嫌な顔をした。
「来るかどうか分かんねえ」
金蔵は、電話を直ぐに切られ答える間がなかった。
金蔵は、倫子に会いたくなかった。葬儀に際して、吉次や光一の時には、よく相談しあったものだが、今回は、菩提寺や葬儀屋との打ち合わせなどで一切倫子から相談がなかった。金蔵は、この間の事で倫子が気を悪くしたのだろうと思い何となく気まずい気持ちで葬儀に出席した。
金蔵は、和夫の電話のあとで思った。
それにしても、遺産相続のことや吉次が亡くなった時に相談に乗ってくれと頭を下げて来たのは誰だ。恩ぎせがましいことは、言いたくないが、もう少し俺の気持ちも考えて欲しかった。金蔵は心の中では面白くなった。俺は、あの夫婦を見る目がなかったのだ。俺は、どうも人が良すぎるようだ。頼まれると断れない。商売をしていても自分から折れて人に譲ることが多々ある。それで随分損をしてきた。性分だから仕方がないことだが、この世を生きて行くためには、もう少し強かに生きて行かなければと思った。四五歳にもなって子供染みたことを考えている自分が情けなかった。
競馬も最近は、金が続かないせいか場外馬券場へ出かける回数も減った。そろそろ、俺も歳だ。このまま、今の生活を続けて行って良いものかどうか考え始めていた。商売はさっぱりだ。商店会も応援すると言っている。思い切って町議選に打って出てみようと思うようになっていた。福祉に対する思い、それに町に対する思い入れは相当なものがあった。金蔵の町の振興策について話す時の目の輝きが違った。落ちたら万馬券を取りそこなったと思へば良いじゃないか。そう真剣に考えることもなかろうと思った。この考えは、以前から徐々にではあるが芽生え始めていた。
金の亡者め。金蔵はそう思った。それと裏返して倫子と言う女は可哀想な女だと思った。
金蔵は、電話を切った後で電話に出なければよかったと思った。まさか、和夫からの電話だとは思わなかった。今晩7時から商店会の事務所で継続している案件についての会議がある。それに出なければならない。その連絡かと思って受話器を取ったが和夫であった。金蔵は、迷った。
金蔵は、この間、園子や鈴木紀夫の前で、はっきりと二人の願いを聞き入れ確約した。その約束を反故にした。あんな恥ずかしい思いをしたのは初めてだ。俺も倫子に事前に話しをしないで勝手な事をした。当然、吉次の遺産相続の時のように、俺を信用してくれるものと思っていたのが間違いであった。俺からすると手の平を返したように倫子は豹変した。俺は何とお人好しで馬鹿な男かと思った。

この間、焼肉屋で二人で飲んだ時のことを思い出していたー(108) [現代小説ー灯篭花ほおずき)]

「わしが何をしたっていうのさ」
倫子は、むきになって怒った。
「そういう顔をするから嫌われるんだよ」和夫が、酒を啜った。
「和夫、酒を啜るんじゃないよ。音がうるさいよ」
叔母は、横で寂しげに笑った。先ほど和夫の脱いだ背広の上着を叔母が畳んでいた。
それを見ていた倫子が顔をしかめた。
「いいよ。和夫にさせなきゃ。何でもかんでも親が世話を焼くと何も出来ない男になるからさ。放っておきな」
叔母はそれでも手を休めなかった。畳み終わって、その上着を隅のほうに押しやり和夫の顔を見た。和夫が、敬礼する仕草をしてニコリと笑った。叔母は、笑みを浮かべた。
倫子が、小さく舌打ちをした。
倫子は、コップ酒を一口飲んでから
「叔母さんも独りになったべさ」
先ほどの怒り声とは違って物静かな口調であった。
「ああ、これで兄妹は、みんな逝ってしまった。わし独りになったよ」
「わしも独りだ。寂しくなったら家に来ると良いよ」
倫子が言った。
「有難う。今のところ、娘めも孫もいるから寂しくないよ。それより、あんた独りじゃ寂しいだろう。和夫、早く身を固めて孫の顔でも見せてやりなさい」
「煩くてわしは嫌だよ。孫なんって。独りでいるのが、なんぼ良いか」
「そうかい」叔母は、微笑みながら思った。
倫子が幾ら強がりを言っても、今まで珠子がいたから気を紛らわすことが出来た。それが明日から誰も居なくなる。寂しさに耐えられるかどうか心配であった。
「叔母さん、冷蔵庫にサイダーが入っているよ」
「ああ、有難う。私は、お茶でいいよ」
「もう少したったら何か食べなよ。今夜、腹減って寝れないべさ」
叔母が、テレビを付けた。時代ものである。
「酒、無くなるの早いな」和夫が蛍光灯に一升瓶を翳してみている。
「和夫、いつの間にそんなに酒が強くなったのさ」
仕事の関係で飲む回数が多くなった。強くなければ、営業は務まらない。
「母さんこそ強くなったべ」
倫子が歓楽街を毎晩のように出歩いていることを和夫は知っていた。
「なんだか今日はいくら飲んでも酔わないねえ」
疲れているなら酒が少しでも入ると有難くなり眠くなるのだろうが、今日に限って酒が入ると頭が冴える。
「俺もそうだ。この酒、水でも入ってねえか」
「馬鹿いうじゃないよ。本物だよ」
「酒でも買ってくるか」
「酒なら売るほどあるよ」
倫子に言われて台所の床下収納庫を開けると焼酎やビール、ワインなどが箱に入っていた。
「おお、すげや」
「日本酒だけだよ。持ってくるのは」倫子の大きな声がした。
「ああ、分かった」
和夫は、封の切っていない一升瓶を抱えステンレス台の上に乗っていた枝豆の袋を持って来た。
「今日は、徹底的に飲むべ。母さんと二人じゃ寂しいから金蔵さんも呼ぶべ」
和夫は、母親と飲んでも面白くない。だからと言って友人を呼んで飲む酒でもない。
やはり親戚の者を呼んでの精進落としだ。それに和夫は、この場に金蔵が必要であった。
倫子が首を横に振った。
心の中に何かわだかまりもあるのか、それとも珠子が亡くなったことで心にぽっかりと穴が開いたのか酒の飲み方が普段と違った。どこか暗く酒の飲み方も一度にコップの三分の一ほどの酒を喉に流し込む。倫子は、飲みたいような飲みたくないような複雑な気持ちであった。
和夫は、、倫子のその酒の飲み方が気になった。
「死んだ婆さんがよ、今までお世話になりました。今晩は、気のすむまで精進落としをしてくださいってよ」
「お前は、酒を飲むと調子のいいこというね」
「いや、和夫の言う通りかもしれないよ。これまでに3人の家族を彼の世に送ったんだ。天国で姉さんが感謝しているよ。倫子有難うってね」
「そんなことないべさ」倫子は叔母にそういわれて嬉しかったのか顔に笑みを浮かべた。
「二人で飲んでいても、湿っぽくて酒が不味いや、金蔵さんを呼ぶべ」
「今晩は、金蔵さんも疲れているから独りにしてやりなよ」
「いろいろ手伝って貰ったんだべさ」
倫子は黙っていた。この間、焼肉屋で飲んだ時のことを思い出していた。


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